第三篇

第九部 岩石都市

  岩石都市


 抽象作家は、まだ懲りずに玉座を探していた。抽象作家は岩石都市にやってきた。岩石でできた自然要塞である。こんなところに玉座があるのだろうか。岩石都市は巡礼者たちの都。どんな玉座が待っているのだろうか。抽象作家の胸も高まる。そして、不安になる。玉座の探索は、気分の高揚と不安感の両方を引き出す。



  墓を探せ


 岩石都市の入口には、大きく『墓を探せ』と書かれた看板があった。こんな岩だらけの町で墓など見つかるのだろうか。軽く見渡した限りでは、岩しかない。それとも、この岩たちがすべて墓石であるということがあるのだろうか。

 墓。いったい誰の墓だ。いったい何の墓だ。墓はいくつあるんだ。抽象作家にはわからない。

 見知らぬ巡礼の土地だ。



  旧型火葬場


 旧型火葬場が見つかった。岩石都市では、土葬しているのか、火葬しているのかわからないが、どっちもやっていそうだと抽象作家は思った。死体を埋葬するのは、最大の目的は衛生のためであり、次には、死者が死んだことを報告するためである。墓を作る宗教教義などはほとんど偽りのまがいものであり、墓の作り方を書いてある経典などは読んだ覚えがない。

 火葬の炎は、とても温度が高く、本気を出すと、人骨は火葬で燃えてすべて煙になってしまう。火葬で人骨が残るのは、宗教的演出のための古びた習慣である。火葬で人骨を残す遺族は、おそらく埋葬についての先端知識を知らされていないのだろう。

 この旧型火葬場は、本気を出して火葬すると、どの程度、人骨が残るのだろうか、抽象作家は知りたかった。



  王陵墓石群


 抽象作家は、岩場の道を進んで、建築された墓石群を見つけた。岩石に掘られた文字を読むと、『王陵墓石群』と書いてある。さっそく、墓が見つかってしまった。ここが目的の墓なのだろうか。

 抽象作家は、墓に掘られた彫刻芸に目を奪われた。いったいどんな王の墓なのだ。どの王朝の墓なのだ。墓からそれがわかるのだろうか。

 王陵墓石群の王の名前など、おれは知りたくもないぞ、と抽象作家は憤った。

 抽象作家は、王家の無駄に巨大な墓を作った人類の慣習をよくないものだと思っていて、そんなものを押し売りにくる王陵墓石群は好きになれなかった。

 いったい、古代人にとって、どうして巨大な墓を作ることが重要なことだったのか、抽象作家にはさっぱりわからない。



  墓石調査の権限


 抽象作家は、王陵墓石群の墓石を個人的に調査した。

「お墓を勝手に調べてはいけない」

 といってくるおじさんは、墓守なのか、観光案内人なのかわからない。この都では、観光案内人が墓石調査の権限を付与しているのだろうか。

「なぜ、個人の墓は政府の役人が勝手に調査しているのに、王陵墓石群は個人が勝手に調査してはいけないんだ」

 と抽象作家が観光案内人に聞くと、

「それはわたしが墓にとっても詳しいからです」

 と答えられた。

「いったい墓の中には何があるんだ」

 と抽象作家が質問すると、

「それは秘密ですよ。人類は、結局、墓に大事なものを入れてしまうんです。遺書を書く時に初めて全力で執筆してしまうようにです」

 そんなものを管理している墓守というのもたいへんな仕事だろうなと、抽象作家は考えなおした。



  散骨拠点


 次に見つけた墓は、散骨拠点だった。火葬で燃え残った骨を捨てる場所だ。

「墓など捨ててしまえ」

 と、おばさんが叫んでいた。抽象作家は、おばさんに心を動かされ、散骨文化を推奨することを考えた。

「お姉さんが散骨をすすめるのは、やはり、葬式文化への反抗のためですか」

 抽象作家は、おばさんに期待をもってたずねたが、おばさんの答えは、

「そんな難しいことは考えておらん。散骨すると、とにかく気持ちがいいからだよ。すがすがしいんだよ」

 だった。

 散骨は、人の無意識に訴える魅力があるのだろうか。抽象作家は、葬式文化について詳しく考えたい欲求がわいた。

「火葬技術が進むと、散骨もなくなるんだよねえ」

 と抽象作家がいうと、

「そうなったら、もっと気持ちがええがね」

 とおばさんはいった。



  墓石迷路


 抽象作家は、土葬された墓地に入り込んだ。そこは墓石迷路になっていた。死体が動き出すんじゃないかと抽象作家はビビったが、その心配はなさそうだ。

 抽象作家は、墓石迷路で迷子になり、墓地で一晩を明かした。夜は、超怖かったが、もちろん、来訪者があった。抽象作家は、それを生きた人だと考えたが、はたしてどうだったか。

 おれは死んだのかもしれないな。この先の人生は死後の世界かも。

 抽象作家はそう思ったが、真剣に生きると、人生のどこかでそう考えてしまうことに遭遇することがあることを、抽象作家は人生の達人に聞いて知っていた。

 おれも死後の世界である可能性を考えるようになったか、と抽象作家は自分の人生の深みを感じた。



  巡礼墓


 ようやく、たどり着いたのが巡礼墓だった。着いた。見つけた。探していた巡礼の目的地だ。目的の墓を見つけた。終着の墓だ。命の終わる墓。巡礼の終わる墓。巡礼墓だ。



  墓石調査の権限再び


 巡礼墓は誰の墓なんだろうか。抽象作家は知りたかったが、わからなかった。この墓を調査してもよいのだろうか。

「巡礼墓に埋葬されている人は、どこの誰なのか知りたいんだが、教えてくれないか」

 抽象作家は墓守にたずねた。

「この墓に埋葬されているのは、この土地の者で、ちょっとはマシだったやつだ。王族や英雄の大半は許す気も起きないクズだが、この巡礼墓に埋葬されているのは、ちょっとはマシだったやつだ」

 抽象作家は、ここに巡礼した価値はあったな、と思った。

「埋葬されているのが男か女かだけでも教えてくれ」

「いや、それすら教えない方がよい」

 墓守は答えた。



  巡礼の目的は墓を壊しに行くことではない


 抽象作家は、墓石に触らせてくれと頼んだが、

「おまえがひと触れするだけでも岩は摩滅する。毎年何千人がやってくる。ここでおまえがひと触れすると、十年後にはこの墓は壊れてしまう。それを理解してくれ」

 それを抽象作家はなかなか理解することができずに、墓守に迷惑をかけてしまった。

 少したって、抽象作家にそれが理解できると、抽象作家は謝罪するしかなかった。



  土地測量士が支配する


 墓などは墓石が高いのではなく、墓地の土地代が高いのだ。

 この岩石都市を支配しているのは土地測量士たちだ。土地の所有者は土地測量士たちの所有地の調査によって決まる。土地測量士が本気を出せば、王陵墓石群も、巡礼墓も、その墓の所有権を手放すことになるだろう。

 墓地とは、遺族が墓地の土地を買わなければならない。墓地の土地は、一坪や二坪なのだが、充分に百万円を超える高価な買い物だ。

 こんな生活が苦しいのに、墓などにお金をつぎこんでどうするというのだろうか。墓地購買者はみんな困っているのだ。。



  一泊旅行が趣味の女


 巡礼墓の周辺に女がいて、旅の計画を立てていた。

「なぜ旅行をするのですか」

 と抽象作家は質問した。

「この岩石都市は、巡礼の土地でしょ。だから、巡礼者がどこから来たのか、巡礼の後、どんな土地に行くのか調べてる。けっこう面白いよ」

 と陽気に答えてくれた。

 この岩石都市は、もっと遥かに広範囲に影響力をもっている。巨匠はそのことに気づき、すごく警戒するようになってしまった。

 いくら洗練された町だとはいえ、所詮は墓石都市。この都が繁栄するのはまちがっているのではないか。

 抽象作家はそこまで考えたが、一泊旅行が好きな女を見ていると、そんな心配は気のせいだと思えてくるから困った。



  荒塩の玉座


 そして、巡礼墓の隣に玉座があった。荒塩で出来た玉座だ。美味い料理が作れそうな玉座だ。

「この玉座にやってきた者には荒塩料理を出す。荒塩おにぎり、塩ラーメン、焼き肉の塩だ。食べていけ」

 従者がいった。抽象作家はそれらを食し、その味に満足した。この味は今まで食べたおにぎり、塩ラーメン、焼き肉の塩の中でも絶品だった。

「塩で蒸した寿司まであるぞ」

 抽象作家は舌づつみが止まらず、腹いっぱいに食べてしまった。

「我らの主君は塩なのです」

 従者はいった。



  眠る王


 この都市の王は玉座に座っていた。眠る王という。

 一瞬、王が死んでいるのではないかと考えたが、すぐに思いすごしだと訂正した。眠る王は、墓に埋葬された死者たちとはちがい、墓石のような玉座で眠っているのだ。

 この男が岩石都市の王なのだ。巡礼墓の王、眠る王とは何者だ。答えてくれ、眠っている王よ。



  王の趣味は他人の妻の誘拐


 眠る王は、九十日間眠って、一日しか目を覚まさない。今日はたまたま目を覚ます日であったらしい。眠る王が目を覚まし、活動を始めた。

「いったいそれだけ眠って、せっかくの目覚めた一日に何をするんだ」

 抽象作家は不思議でたずねたが、眠る王の答えははっきりしていた。

「おれは、その目覚めた一日で、英雄の妻の誘拐をする」

 はあ、こいつも迷惑な王なのか、と抽象作家はうんざりした。

「安心しろ。英雄の妻を誘拐して辱めようというわけではない。おれは、さらわれた妻を本当に探し出し、助けてしまう男たちを見てみたいのだ。どんなことばを話し、どんな戦術で戦い、どんな味方がいるのかを」

「王のなさることは突拍子もない。考えても用意にわかるものではないぞ」

 従者はそういったが、そんなことでこの土地はまわるのだろうか。抽象作家は心配になった。



  英雄墓碑銘の解読


 抽象作家は、巡礼墓にある英雄墓碑銘の解読に挑戦した。英雄たちは自分の墓碑銘にどんなことばを選んだのか。このちょっとはマシなやつだという墓の主は。ものすごく興味がわいた。



  解読された目的


 抽象作家は英雄墓碑銘を解読した。荒塩の玉座の目的は、塩系生物による地球支配だった。生物など塩を運ぶ運送業者にすぎない。生物が守っているのは、塩だ。塩を運ぶために我々人類は生まれたのだ。塩を根拠に生命現象を解釈することだ。

 これをもっと理解するために、抽象作家はもっとちゃんと生物学や化学の知識を得た方がよかったなと思った。

 勉学に未熟な抽象作家には、塩系生物の意味もわからない。

「本当に、この玉座の目的は、塩系生物による地球支配なのですか」

「いや、おれは他人の妻の誘拐が目的だと思っていたぞ」

 この土地では玉座の目的が失われているのか。抽象作家はがっくりきた。

 仕方ない。これが現実なのだ。九十日眠って、目が覚める一日で他人の妻を誘拐する王というのも面白いかもしれない。



  脇にあった英雄墓碑銘


 抽象作家は、巡礼墓の離れに書いてある英雄墓碑銘を読んだ。

「弟子のが偉いので困ってしまったものがここに眠る」

 そう書いてあった。

 これがたぶん、本当のこの巡礼墓の墓碑銘なんだ。弟子たちを育てたあんたもたいしたやつだと思うぞ。抽象作家はそう思った。

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