第六部 山の都
山の都
抽象作家は、山の都へやってきた。いったい山の都に何があるんだろう。抽象作家は旅に期待と不安を感じた。
岩宿(いわやど)
抽象作家は岩宿を見つけた。立ち寄ってみると、そういう名前の宿屋だった。
今晩は岩宿で一泊かと思った。むかし、太陽の神が岩宿にこもったという。抽象作家は、これでおれも太陽だ、と思って岩宿に泊まった。すると、岩宿には本当に隠れていた太陽の女が居た。これが岩宿の秘密か。太陽の女と屋根をともにできるとは。
神楽(かぐら)の奉納
岩宿に泊まっていると、雨が降ってきた。外で、どんどんと音がする。外で、みんなが躍っているのだ。天の岩宿から太陽の女を誘い出すために、みんなが神楽の奉納をするという。
雨の中でみんなが躍っている。太陽の女は、「ここはみんなの期待を裏切りたい」といっていた。はあ、たいへんだなあ、と抽象作家は思った。
石舞台屋敷
岩宿には玉座はなかった。
抽象作家は玉座を探して、石舞台屋敷にやってきた。巨大な石で組んだ石舞台の屋敷には、不思議な魅力がある。巨大な石でできた建造物だ。いろいろ改築されているが、これはまさしく巨石文明なのだ。
幼児教育が趣味の女
石舞台屋敷には、託児所があった。幼児教育が趣味の女がいて、子供の世話をしている。山の都の子供たちは幸せそうだ。
努力家が支配する
「山の都を支配しているのは誰なんだ」
と抽象作家が聞くと、女が答えた。
「これは子供たちには秘密なんだけど、山の都を支配しているのは努力家だ」
「努力家ですか。珍しい支配者ですね」
抽象作家がいうと、女が笑顔になった。
「山の都は、努力したものに全力で報いる。これは秘密だ」
抽象作家は、いい街だなあと感動してしまった。
民衆に知られずに王が交替したことがあったのではないか
「玉座を探しているんです。この都の玉座はどこにあるんです」
「さあ、知らないですよ」
女がいった。
「玉座を知らないなんて、民衆に気づかれずに王が交替していたらどうするんですか」
抽象作家が聞くと、
「そういえば、二年に一回しか主君を確認していないな」
女が答えた。
「そうでしょ。王のことがわからないでしょ」
抽象作家が自慢気にいうと、女が笑って答えた。
「おい、わたしの主君は、旦那だぞ」
「旦那さんを二年に一回しか確認していないのですか」
「そうだね」
すげえ街だ、と抽象作家は思った。
古木の玉座
抽象作家は、山の都で玉座にたどりついた。それは古い古い古木で作られた玉座だった。古木の玉座。これが努力家には全力で報いる玉座か。抽象作家は、思わず目がギョロ目になってしまった。
太陽の補佐
古木の玉座に座っている者に、抽象作家は話しかけた。
「あなたが勝つべきだ」
抽象作家は強くそういったが、玉座の者はそうは答えなかった。
「ああ、任せてくれ」
玉座の者はそういった。
努力だけで解決するほど世界は単純ではないが、必要な玉座だ。失ってはいけない玉座だ。
「王よ、あなたの名前はなんというのだ」
「太陽の補佐だ」
そうなのか、と抽象作家は驚いた。
「山の都にいるものは、みんな、太陽の補佐だ」
世界が滅ぶという古代の予言
「世界が滅ぶという古代の予言があった。世界は予言どおり滅んで、今は滅んだ後に残された世界だ」
太陽の補佐はいった。
「滅んだ後の世界であなたは何をしているのか」
「国家の再興だ」
そうだったのか。
世界が滅んだというのに、おれはいったい何をしているのか。
抽象作家は少し自分に自信がなくなった。
夢祭る王
「太陽の補佐よ、あなたが古木の玉座の王でまちがいないのか」
「古木の玉座には太陽の補佐が座る。むかしからの習わしだ」
「あなたのことを、別の名前で呼ぶものがいるようだが」
「例えば、どんな名だ」
「捕らわれの玉座、夢違いの玉座、夢祭る王、神祭る王。それらはぜんぶ、あなたのことではないのか」
「おそらく、それはわたしだろう」
「それで、何をしているのだ」
太陽の補佐は、少し考えた。
「子供たちの将来の夢を調べて、その応援をしている」
そうか。そういう都かここは。抽象作家は満足した。
万葉物語の解読
太陽の補佐は、抽象作家に「万葉物語」を教えてくれた。
「解読してくれ。この玉座の目的が書いてあるはずだ」
抽象作家はがんばって解読した。
万葉仮名で書かれている不思議な文書だ。
古木の玉座の目的
「太陽の補佐よ。解読したところ、古木の玉座の目的は、世界の癒しだ」
抽象作家はいった。
「大丈夫だ。むかしからそのように行っている。万葉物語もその線で読み解いてみよう」
太陽の補佐がいった。
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