第二篇

第五部 捨てられた都

  まだ見ぬ玉座を探して


 巨匠はまた旅に出た。相変わらず、玉座の探索である。まだどこかに玉座が隠れているんじゃないかと思って旅に出た。



  捨てられた都


 巨匠は、捨てられた都にやってきた。むかし、栄えていたという土地だ。かつての支配者たちは別の土地へ行ってしまい、今は、留守番が残っているだけだという。

 この街が捨てられたのは、先史時代のことだ。まだ、歴史もなく、文字もおぼつかなかった時代に捨てられた都。



  王の不在


 巨匠が玉座を探していると聞くと、飲食店の店員が、

「王は出かけていて不在だ」

 と教えてくれた。

「もう何十年も不在だ」

 という。

 何十年も不在だということは、若い巨匠が生まれるより前から、この都の王は不在なのかもしれない。

「王が不在で、大丈夫なのか。いきり立って王位を奪おうとするものが出てくるんじゃないのか」

 巨匠は聞いたが、

「心配ない。この街の王は、国民の信頼が厚い。それくらいで追放される王ではない」

 巨匠は、店員があまりにも自信ありげにいうので、ひょっとして、この街の王は、この店員なのではないかと考えてしまった。

「王の留守中に玉座を訪れてもよいのだろうか」

「それはかまわないだろう。遠慮しないでいいですよ」

 店員はそういったが、巨匠は不安だ。



  巨人の家


 巨匠は、かなり大きな建物を見つけた。都の中心にでんとかまえている。いやでも目立つ建物だ。

「あれは何だ」

 巨匠がいうと、通行人が答えた。

「あれは巨人の家です。この都の王の家です」

 捨てられた都の玉座はそんなところにあるのか。だとしたら、ひょっとして。

「すいません。この街の王ってひょっとして、巨人なんですか」

 通行人はにやりと笑って、

「そうですよ」

 と答えた。

 あの巨人の家以外は、普通の大きさの建築物だ。玉座のある建物だけがバカでかい。

「巨人は何人いるんですか」

「わたしは知りません」

「巨人が歩いたら街が壊れるんじゃ?」

「巨人は王だけです。王は、街を壊しながら歩きます」

 マジか。

 巨匠はまたびっくりするような街へ来てしまったと思った。



  巨人の家では普通の人はみんな召使い


「入っていいですか」

 巨匠が聞くと、

「いいですよ」

 と門番が答えた。

 巨人の家は、どうやって作ったのかもわからない高い天井の建築物だった。

 ちゃんと屋根がある。

「あなたたちは、ここでこうやって王の帰還を待っているんですか」

「そうですよ」

 何の仕事をしているのかわからないおじさんが答えた。

「本当に王は巨人だったんですか」

「この家を見ればわかるだろう」

 確かに、そうなのだが。

「ここでは守らなければならない作法とかありますか」

「ああ、あるぞ。巨人の家では、普通の人間はみんな召使いだ。飯を食わせてやるから、働いていけ」

「それは、巨人の王のためですか」

「そうだ。それが巨人の王のためだ」

 面倒くさそうだな、と巨匠は思った。



  漫画を描くのが趣味の女


 漫画を描いている女がいた。

「何しているの」

「わたしは住み込みの漫画家だ」

「見ていい」

「ダメだ。完成しないと見せない」

 ダメかあ。

 巨匠はなんとかして漫画を読んでやろうと思ったが、漫画家の真剣そうな顔を見てやめた。

「巨人が主人公の漫画を描いているの?」

「ちがう。時空連続体と時空非連続体の漫画だ」

 難しそうだなあ、と巨匠は思った。



  水道局員が支配する


 巨匠は漫画家に質問した。

「巨人の王が留守では悪さを働く人たちが出てくるんじゃないのか。王が留守のこの家は、今はいったい誰が支配しているんだ」

「この家を支配しているのは、水道局員だ。水道局員は、巨人の家だけでなく、捨てられた都全体を支配している。わたしも水がなくなれば死んじゃうからね。漫画家は水道局員に勝てない。残念だけどね」

 水道局員に備えなければならない。巨匠は、水道局員との戦いを頭の中でイメージトレーングして、戦いに備えた。

 水道局員は手強い。巨匠の頭では、水道局員に勝つ作戦が思い浮かばない。



  巨人も美味しい水が好き


「巨人の王は、美味しい水が好きだ。この街で水道局員を敵にまわすのは、巨人の王を敵にまわすのと同じだと思え」

 女漫画家がそう警告した。

「その忠告はありがたいね」

 巨匠は、猜疑心と闘争心を鎮めた。



  巨人の玉座


 そして、巨匠は玉座にたどり着いた。今回はわりと簡単に玉座へたどりつけたな、と思った。巨人の玉座は、ひざまででも、巨匠の背の三倍くらいの高さがあった。でかい。しかも、本当に巨人が居そうな汚れ具合をしている。玉座の汚れが、巨人が本当に座っていたような感じをかもし出している。

 もし、巨人が帰ってきたらどうなるんだ。巨人を怒らせたらどうなる。巨匠は困った。



  巨人の代理


「よお」

 巨人の玉座に腰かけている普通の背の高さの男がいった。普通の背の高さの男だ。巨人じゃない。だとしたら、この男はいったい何者だ。

「あなたはどのような人ですか」

 巨匠が聞くと、

「おれは巨人の代理だよ。巨人の王が帰って来るまでの王の代理だ」

「あんたはいつから代理なんだ」

「王が出かける前からだ」

 ふうん。

 しかし、巨匠の探索は成功したといえる。巨人の目的は、玉座の探索であり、ちゃんと玉座を見つけたのだから。できれば、この玉座に座る巨人の王に会いたかったが、それは叶いそうにない願いだ。代理に会えただけでも、充分だろう。



  巨人の玉座には階段がついている


 巨人の玉座には階段がついている。代理が使うためだ。代理が代理になってから作らせた。こんなことでも、巨人の王の存在を疑うきっかけになる。都全体をあげて演出されている巨人の王がまさか演技だったらどうしようか不安になる。

 いるんだ。本当に巨人はいるんだ。そう巨匠は自分に言い聞かせる。



  巨人の庭園


 玉座の裏口にまわると、巨人の庭園がある。かなり大きな敷地だが、あの玉座に合った背の高さの巨人には、ちょっと狭すぎるくらいだと、巨匠は思った。



  防人の司令室


 巨人の家の中に、防人(さきもり)の司令室があった。防人とは、海を越えてこの島へ攻めてくる軍隊に備えている常備軍だ。ここは、軍事の重要要所なのだ。おそらく、巨人の王が戻ってくれば負けることはないだろうが、不在の今は不安になる。ひたすら、巨人の王の帰還を待つ。巨人がいなければ防ぎきれない軍事拠点なのだから。この都はおそらく巨人の王の武力を恐れさせることによって堅守しているのだろう。



  最後まで巨人に会えなかった


「ここまでです」

 案内してくれた人がいった。

「これで、捨てられた都の見物すべきもののほとんどを見てもらえたはずです」

「見ることができなかったのは、巨人の王だけか」

「そのようですね」

 最後まで巨人に会えなかった。残念だ。いるかもしれないし、いないかもしれない巨人の王。玉座はあったし、代理もいた。巨人に会えなかったのは本当に残念だ。



  巨人の粘土板の解読


 巨匠は、巨人の家にある粘土板の解読を始めた。書記官に協力してもらって、苦労して解読したところ、その粘土板には、巨人の玉座の目的が書いてあるとわかった。



  巨人の目的は鉱山の採掘だった


「解読できました」

 巨匠がいった。

「あなたの解釈では、この粘土板に書かれていたのはどういう文章なのですか」

 書記官が聞いてきた。

「はい。この粘土板によると、巨人の玉座の目的は、鉱山で労働して採掘することでした」

「そうでしたか。ありがとうございます」

 書記官が深々と頭を下げた。

「巨人の王は何年間、不在なのでしたっけ」

「三十年間です」

「それなら、おそらく、巨人の王は、別のどこか鉱山へ採掘の労働をしにいっているんですね。それで帰ってこないんですよ」

 巨匠が説明した。

「それが王の目的だというのなら、我々は鉱山の採掘を都をあげて全力で取り組みます」

 書記官はそういった。

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