第四部 海底都市

  潜水技術


 抽象作家は、三つの玉座を知った。三つの玉座がそれぞれ異なる目的を持ち、競い合っている。どれが優れていて、どれが劣っているということもない。

「海へ行け。いまだ玉座極められぬものよ」

 老人がいった。

 海へ行って何があるのか。抽象作家は海に期待できなかった。

「どの海へ行ったらいいのかわからないぞ」

 抽象作家は迷った。まずは近海から攻めてみるか。遠い海へ行けばもっとすごいかもしれないが、この島ではなくなってしまう。

 抽象作家は、むかし、近海で海底都市が見つかったと新聞で読んだことを思い出した。

 抽象作家は、潜水道具を手に入れて、船で海へくりだした。



  海底都市


 海底都市は本当にあった。抽象作家はびっくりした。地元では知らないものはいないらしい。海底都市の壁は廃墟のようにボロボロだが、窓に明かりがあることから、人が住んでいるのではないかと抽象作家は考えた。

 海はきれいだ。海底に差す光が幻想的だ。海底都市の窓明かりと空からの光が調和して、見たことのない景色になっている。

 写真を撮りたいな。抽象作家は思った。



  沈没船


 海底都市に沈没船があった。沈没船には魚が住んでいる。抽象作家は潜水服で泳いで沈没船の中に入っていった。沈没船には、金銀財宝が置き忘れてあった。誰の船なんだろう。抽象作家は、沈没船の財宝をどうするか考えた。

 こんな宝をただ売ってしまって、骨董美術商の強欲に奪われてはならない。抽象作家は、沈没船の宝をどこかすごいところに陳列しておきたい。沈没船の宝をみんなに見せつけたい。沈没船の宝をみんなに見せつけるにはどうしたらいい。

 抽象作家は数十分考えたが、結局、次のような考えにたどりついた。この沈没船の宝を飾るには、やはり、海底都市に沈んだ沈没船の中が最もふさわしい。この財宝はここに置いて行こう。

 抽象作家は、沈没船を離れた。



  海底の瓶の中の手紙


 海底に瓶が落ちているのを抽象作家は見つけた。中に紙が入っている。手紙ではないのか。抽象作家は、瓶を拾った。陸上へ戻ったら読んでみよう。抽象作家は、手紙の入った瓶をポケットに入れた。



  海底水族館


 海底都市の水族館に抽象作家は入った。入口に工夫があり、水族館の中には空気があった。抽象作家は、水族館の入口で潜水服を脱ぎ、裸になった。飲み物と軽い食事がしたい。あと、これで瓶の中の手紙が読める。

 水族館の魚を見物しながら、腹を満たし、のどをうるおした。瓶のふたを開けて、中から手紙を取り出した。

「こんにちわ、これを読んでいる人。特に目的もなく手紙を海に流します。実は、あなたと結婚したい。」

 はあ、こんな手紙もらっちゃって、どきどきするなあ。抽象作家は、手紙を瓶に戻して、潜水服のポケットに落ちないように入れた。

 忘れずに持っていこう。



  海底神殿


 水族館から通路を通ると、別の建物へ行けた。抽象作家は、海底神殿にたどりついてしまった。

 何を祭った神殿なんだ。こんな海底に参拝者など来るのか。それとも、本当に海神が住んでいるのだろうか。この神殿に玉座があったらどうする。こんな陸上と切り離された場所に玉座があったらどうする。確かめなければならない。

 抽象作家は決意を新たにした。

 隠された玉座を探そう。



  深海族


 海底神殿にも人はいた。彼らは自分たちのことを深海族だといった。彼らは、この海底都市を建築した一族なのだという。この都市は、海に沈んだのではなく、最初から海底に作ったという。

「ここに住んでいて自分でいうのもなんだが、住みづらい街だ」

 深海族はそういう。



  クジラの歌の録音が趣味の女


 海底神殿には、クジラの歌を録音している女がいた。

「クジラの鳴き声は、ことばだと思ってる」

 女はそういった。

「犬や猫を観察すると、人のことばがわかってるみたいだから、クジラも会話ができるだろうね。電線の止まってる雀は絶対に会話していると思ってるよ」

 と、抽象作家。

「そうだよ。クジラたちは会話しているんだよ。何百キロ、何千キロの距離で行われる海の中の会話だよ。クジラは、ずっと海の他の生き物たちに聞かれるのもかまわずに、会話をしてきたんだよ」

「興味深い」

「クジラのことばを解読するのが夢だ。クジラは海の中で世界一周するんだ」

「ほう」

「きっとクジラの口伝もある」

「あるだろうね」

「クジラの口伝に人類が登場する」

「おお」



  海底の玉座


 海底神殿を歩いていると、抽象作家は玉座を見つけた。隠されていた玉座だ。海底の玉座というのだという。

「よくたどりついた。これが本当の玉座だ」

 抽象作家は、玉座に座る王を見た。

 人の男だ。

 宇宙人ではなく、動物でもなく、人類が座っている。せめて植物であったなら、安心していられたのだが。

 玉座に座るものが、どのように統治しているのか、抽象作家はとても気になる。この世界で、自分が生まれる前から存在する玉座という存在。それを生きている間、いつ教えられるか、いつ気づくか、いつ理解するか、まったくわからないまま、抽象作家たちは生かされている。国民には報道されないまま交替していく玉座の王たち。

 今まで、抽象作家は、黒曜石の玉座、竜骨の玉座、音楽の玉座を見てきた。

 そして、今度は、海底の玉座だ。

 せめて教えてほしかった。せめてその存在を教えてほしかった。ただで屈する男ではないぞ、おれは。と、抽象作家は気合いを入れた。

 玉座に会うと、どう対応すればよいのか、いつも迷う。いまだに慣れない。迷うんだ、本当に。



  いまだ知られざる王


 海底の玉座に座るものは、いまだ知られざる王といった。確かに、この男が王だなどとは知らなかった。抽象作家は自分の本音が何なのか、自分の心に聞いて確かめた。

 おれは、この男がはべらかしている女の数を知りたくてここまで来たのか。確かに、それは知りたい。だが、それだけではないと思いたかった。もっといろいろなものを抽象作家は信じていたはずだ。

 この男の妻の数は聞こう。だが、他にも何か聞かなければならない。

 戦争の強さか?

 いや、ちがう。

 重要なことは戦争の強さなどではないはずだ。

「あなたは、タイムマシーンが現代に存在すると思いますか」

 抽象作家はそれを聞いた。

「あるだろうな」

 いまだ知られざる王は答えた。

 おれは何を聞いているんだ。

 抽象作家は自分の考えが笑えてきたが、重要なことだという確信は返事を聞いた後も高まった。

「あなたの妻の人数は」

 抽象作家は聞いた。

「六人だ」

 ふっ。

 多かったのか少なかったのかもわからない。ここまで来た価値はあった。抽象作家の玉座を探索する旅は無駄ではなかった。



  玉座通信


 機械が置いてある。通信機だという。他の玉座と連絡をとるための通信機で、玉座通信というのだそうだ。黒曜石の玉座も、竜骨の玉座も、音楽の玉座も、海底の玉座と連絡がつながっていたんだ。これは驚いた。

「玉座通信は、こちら側の声を切ることはできますが、相手の玉座は通信を切れません」

 係の者がそういった。

 やはり、ここが本当の玉座なのか。この情報は下手に知ると殺されそうだな。おれも知りすぎたのか。

 抽象作家は、大きく深呼吸をして心を落ち着かせた。軽いストレッチ体操をして体をほぐした。

 なるようになるさ。

 抽象作家は、楽観的な考えが大事だと考えた。



  玉座統べる王


「いまだ知られざる王とは何者なんだ」

 抽象作家が質問すると、

「玉座統べる王だ」

 と誰かが答えた。



  深海文字の解読


 抽象作家は、深海の石碑に刻まれた深海文字を解読しようとした。深海文字を解読しようとした深海族によって辞書が作られているので、なんとか日本語に翻訳できそうだ。抽象作家が石碑の前で頭を抱えていると、深海族の学者がやってきて手伝ってくれた。



  幸せしかない生態系をつくること


 抽象作家は、深海文字を解読した。深海文字には、海底の玉座の目的が書いてあった。

 海底の玉座の目的は、地球の生態系を幸せしかない生態系にすることだった。

 それが海底の玉座の目的であり、地球の海の目的だ。

 人類の歴史の途中で誰かが書きかえた文章なのかもしれないが、抽象作家はこれが地球の海の目的だと信じた。

 良い旅だった。抽象作家は思った。

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