第三部 楽器の都

  機械の案内人


 巨匠は、魚蔵の谷から西へ向かった。巨匠の目的は、隠された玉座の探索だ。黒曜石の玉座、竜骨の玉座、二つの玉座を見たが、違和感がある。隠された玉座が他にあるのではないか。それならば、探索しなけらばならない。

 巨匠は西へ向かうと、街道で機械の案内人を見た。

「あっちの道を行くと、楽器の都に行けるよ」

 機械の案内人がしゃべった。

 楽器の都か。聞いたこともないな。聞いたことがない土地なら、行ってみるか。

 巨匠は、楽器の都を目指した。



  機械仕掛けの国


 西へ向かうにつれて、道沿いから見える機械が高性能になっていく。大きな工場がいくつもある機械仕掛けの国だ。道路標識も機械仕掛けで、器用に動いている。警備員はロボットのようだ。ロボット警備員が巡回している。西の方がこんな風になっているなんて知らなかった。想像しなかった技術で、高度に発達している。人の中にアンドロイドが混じっていて、驚かせてくれる。



  出雲


 出雲にたどりついた。古い神話の土地だ。日本の人祖が死んだ妻に会うために地下の国へ行ったという土地。雲からやってきた旅人が竜退治をしたという伝説の土地。日本の神が集まって縁結びの会議をするという土地。

 その神話の土地が機械技術を発展させて現代に生きていたとは。



  楽器の都


 巨匠は、楽器の都へたどり着いた。楽器の形をした建築物がたくさんある。いろいろな楽器が陳列してあって、音が鳴る。工場が音楽を奏でる都。これが楽器の都か。機械の案内人の指示に従っていたら、楽器の都に着いてしまった。



  戦争のうわさ


「素晴らしい街ですね」

 巨匠がいうと、困ったように通行人が答えた。

「確かに、最高の街だけど、不安があるんだよ。もうすぐ、戦争が始まるってうわさを聞いてね」

「知らなかった。嫌ですね」

「ええ、どうせ、戦争の理由なんてくだらないんでしょうよ。そんなことで街を疲弊させられたら、たまらないですよ。なんで、頭のいいはずの人が、戦争なんて愚かな決断をするんでしょうねえ」

 巨匠も戦争は嫌だ。まきこまれないようにしなければならない。



  ロボット兵が黒曜石の都に勝てるか


「いったいどんなやつがこの街へ戦争をしかけてくるんですか」

「黒曜石の都のやつらですよ」

 黒曜石の都がか。そんなことが本当に起こるのだろうか。

「楽器の都は大丈夫なんですか」

「まあ、心配はないですよ。楽器の都のロボット兵には、黒曜石の軍隊でも勝てませんよ」

 本当にそうか。巨匠は不安になったが、あまり悲観的なことばは好まれない。戦争を笑い飛ばすようなことばの方が確かに巨匠も好きだ。



  端末操作係が支配する


「楽器の都を支配しているのは誰なんですか」

 巨匠がいうと、通行人が答えた。

「楽器の都を支配しているのは、端末操作係だよ。端末操作係は無敵だよ」

 機械仕掛けの国を支配するのは、やはり、端末操作係なのか。端末操作係には、司令官でも、機械工学者でも、設計業者でも、製造工程の作業員でも、勝てないのか。

 考えてみれば、そうかもしれない。重要な指摘だ。これから、どんどん機械が増えていく。時代が進めば進むほど、端末操作係の重要性は増すだろう。



  長(おさ)に会いに行く


「楽器の都のロボット兵を見てみたいですね。どこに行けば見れますか」

「軍隊は戦争にならないと姿を現さないよ。ロボット兵を見るなら、長(おさ)の許可がいるよ」

 それなら、長を探すか。楽器の都の長とは誰なんだ。聞いたことがない。ひょっとしたら、そこに隠された玉座があるかもしれない。玉座の探索は、巨匠の目的だ。



  オルゴールの屋敷


 機械の案内人に長の居場所を聞いて、巨匠はオルゴールの屋敷へ行った。そこでは、心地よいオルゴールが鳴っている。

「ここで長に会えると聞いたのだが」

 巨匠がたずねた。

「ええ、わたしも長に会いにきたのですが、長がここのどこにいるのかわからないんです」

「どのくらい探しているんです?」

「もう三カ月は」

 それはたいへんだな。

「オルゴールの屋敷も、お役所仕事か」

「それは困りますよね」



  作詞作曲が趣味の女


「そこのきみたち。長に会うには、いい曲を作らなければならないんだよ。もうすぐ、わたしの傑作が完成するから、一緒に来るといい」

 アコギを弾いている若い女がそんなことをいった。

「それは助かる」

 と、巨匠。

「ええ、運がよかったです。ちょうど曲が完成する時に出会えるなんて。わたし、たった三カ月だったと思います」

 と、三カ月待った女。

「うん。今、天啓が降りそうだ」

 と、作曲家の女。

 そして、作曲家の女は歌を歌った。

 みんながその歌を聞いた。



  隙間の鍵


「これを」

 係の者がやってきて、作曲家の女に鍵を渡した。

「この鍵は何だ」

 作曲家の女が聞くと、

「隙間の小部屋の鍵です」

 と係の者が答えた。

「そこに何がある」

「玉座があります」

 係の者がいった。

 巨匠は、こんな風に玉座が見つかったことに驚いた。

「ついて来たい人はみんな来て」

 作曲家の女はいった。



  隙間の小部屋


 作曲家の女は、鍵を使ってドアを開けると、オルゴールの屋敷の隙間の小部屋に入った。こんなところに部屋があるとは意外だった。巨匠もついて行った。

 そこに音楽の玉座があった。

「なぜ、玉座がオルゴールの屋敷にあるのですか」

 単純に不思議に思って質問したら、

「ここでは、政治と音楽の演奏は同じものなのです」

 と係のものが答えた。



  音楽の玉座


 機械仕掛けと工場とロボット兵を組織する音楽の玉座。巨匠は、また、隠されていた玉座を見つけてしまった。音楽の玉座は、振動を研究している。熱、素粒子、音楽、政治、天気予報、地震、天体の軌道、それらを振動だと解釈している。この土地では、振動と音楽は同じ意味で使われる。今は機械工学に力を入れているが、それはまだ不十分だ。

「熱って音楽なんですか」

「音楽です」

「政治って音楽なんですか」

「音楽です」

「地震って音楽なんですか」

「音楽です」

 音楽の玉座には、政治人工知能を動かす端末がある。

「我々は、政治を音楽で解釈することに成功しました。次は、遺伝子を音楽で解釈することを目指します」

 この玉座もすごそうだ。

 巨匠はうなった。

「なぜ音楽なんですか」

「音楽、漫画、映画、演劇、ドラマ、小説、ゲーム。この中でいちばん短い物語が音楽だからです」



  席長


 楽器の都の長の役職を席長というらしい。

「楽器の都は多神教だ。席はたくさんあるが、玉座に座っているのはわたしだ」

 席長はそういった。

「ロボット兵を見る許可が欲しくて、会いに来ました。ロボット兵を見る許可をください」

 巨匠がいうと、

「明日、戦争になる。その時、見ればよい」

「そんなに急なのですか」

「そうだ。黒曜石の軍が動いているという報告は受けている。確実に国境線を守る。心配はいらない」

「オルゴールの屋敷にいて大丈夫なのですか」

「敵兵の装備は偵察してある。負けることはない。大丈夫だ」

 本当に戦争になるとは。

 巨匠も楽器の都が心配だ。



  楽譜の解読


 巨匠は、オルゴールの屋敷にある「歴史の楽譜」の解読にとりかかった。音楽の玉座の目的は何か。それが、この楽譜に記されているはずなのだ。巨匠は、楽譜を読めないので、音楽記号を一個一個読んでいった。楽譜の翻訳など、巨匠は初めてだ。難しすぎて頭が痛い。王朝の歴史を楽譜に隠すなど、何を考えているんだ、楽器の都の歴史家は。



  最賢が目的の国


 歴史の楽譜の解読になんとか成功した。難しかった。

 音楽の玉座の目的は、最賢だ。ただひたすらに最賢を目指している。



  開戦


 次の日、柱がいったとおりに戦争が始まった。どごん、どごん、という爆発音が聞こえる。巨匠は、戦場を見に行こうと、東へ向かった。

 戦争が起きると、戦場へ近づこうとするものと、戦場から遠ざかろうとするものに分かれる。もちろん、戦争が起きても動かず、日常をつづける者も多い。

 どの選択が良いというものはない。

 ただ、戦争について、みんなの性格が表れるだけだ。

 反戦運動家は戦場へ向かい、志願兵も戦場へ向かう。

 やはり、必要な感情は勇気だ。

 巨匠の動機は、戦場視察であったので、軍隊にとっては邪魔なのだ。

 軍隊が放送した。

「我々は、反戦運動家、志願兵、戦場視察の命は守らない。その覚悟はもってくれ」

 始まっちまったんだな。

 そう思うしかない。



  黒曜石の軍は魚蔵の谷に気づかずに通りすぎた


 巨匠は、攻めてきたのが黒曜石の都で、魚蔵の谷は中立を保っていることを知った。

 黒曜石の軍は魚蔵の谷に気づかずに通りすぎた。

 文明化したモグラの軍を使えば、黒曜石にも勝ち、この島を征服できるといっていた魚蔵の谷は、この戦争には参加しないようだ。

 ならば、魚蔵の谷が漁夫の利を得るのではないか。

 戦う前から、勝者が魚蔵の谷だと思えて仕方なかった。



  神の軍


 巨匠は、ロボット兵を見た。巨人のような太いロボット兵だ。そして、地平線に黒曜石の軍隊が見える。黒曜石の軍隊は、神の旗を掲げている。戦車、移動砲台、装甲車、自動車、ヘリ、歩兵。黒曜石の軍隊が迫ってくる。

 地平線までの距離は5キロメートルだ。戦車は歩兵がついてこれる速さで進軍する。歩兵の歩く速度が時速4キロなら、一時間後に戦闘が始まるだろう。地平線に敵が見えてから、開戦まで一時間しかないのだ。あっという間だ。あと一時間で、弾が飛んでくる。それに当たれば死ぬのだ。

 訓練の成果を見せるのも、わずか一時間後だ。戦争では何が起こるかわからない。背後に軍隊が出現したら、敵か味方かわからない。背後からの応援射撃を怖がって、背後を撃てば同士討ちだ。背後から攻められるのはそれくらいに恐ろしいのだ。



  全自動顔認証マシンガン


 楽器の都のロボット兵は、隊列をそろえたまま、国境線より手前に陣取った。遠すぎず、近すぎない、その立ち位置の決定には、あまり大差がないとはいえ、気をつかう。神の軍が攻めてくる。神は黒曜石の玉座に座ったままだ。部下に軍隊を任せて作戦会議をしている。

 ロボット兵は、国境線にわかりやすくカラーコンを置いて目印にしている。

 速度を変えることもなく、神の軍の戦車が迫ってくる。

「警告する。国境線を超えれば我が国への侵略とみなす」

 ロボット兵が警告した。

 バスン、バスン。

 黒曜石の軍が試し打ちをしてくる。威嚇射撃と試し打ちを兼ねているのだ。黒曜石の軍隊が国境線に近付く。黒曜石の戦車がロボット兵へ砲撃してきた。

「絶対に国境線は越えさせない」

 ロボット兵の端末操作係が指示を出した。

 敵は充分に近付いた。

「撃て」

 端末操作係が攻撃を支持した。楽器の都のロボット兵の全自動顔認証マシンガンが、ダダダダダダダダと射撃しまくった。黒曜石の軍隊の歩兵は、数分で全員戦闘不能。画像認証射撃でヘリも撃墜。移動砲台も撃破。

 残るのはやはり、装甲の硬い戦車だ。

「戦車だけで勝てると思っているのか。おまえたちの戦車の保存食が二週間分しかないのは知っているぞ。二週間、おまえたちに補給などさせない。降伏せよ」

 楽器の都のロボット兵はいった。



  外交官の書類整理を待つ


「どうしますか」

「待機だ」

 ロボット兵の司令官がいった。

「勝勢です。このまま積極的に押しては」

「ダメだ。敵の前線の司令官はすでに退却の許可を黒曜石の都に申し出ている。あとは、待機しているだけで戦争に勝てる」

「追撃は」

「ダメだ」

 そのまま、ロボット兵の司令部は夜まで動かず、夜勤と交替してぐっすり眠った。

 司令官が朝目覚めた。

「状況は?」

「変わりません。敵も味方も待機しています」

「よし、ずっと待機だ」

「いつまで待機するのですか」

「外交官の書類整理が終わるまでだ」

「いつになるかわからないですよ」

「それまで、ずっと待機だ。味方の書類整理だけでなく、敵軍の書類整理も終わるまでずっと待機だ」

 待機は二週間つづいた。



  歴史官の意見


「歴史官は、この楽器の都と黒曜石の都の戦争を、古代からつづく出雲と東京の戦いとして解釈します。国津神と天津神の戦いです」

「眠いな。だがそれでよい」

 歴史官の意見など、ロボット兵の司令官は適当だ。



  道徳官の意見


「戦死者は800人。マシンガンで撃たれた3000人の多くは治療が間に合って助かっています。苦しんで死んだものはほとんどおらず、残酷な拷問もなく、捕虜へのいじめもない。私的な刑罰もない。道徳的には、悪くない戦争ですが、やはり、道徳的には、戦争自体が道徳的ではない。強靭な戦士は道徳的だという学説もありますが」

「眠い。だが、それでよい」

 道徳官の意見は、もちろん、ロボット兵の司令官は適当だ。



  停戦調停


 ずっと待機という命令を破って、敵軍に勝手に砲撃した兵士が出たため、ロボット兵の司令官はそれが不安材料だった。

 しかし、黒曜石の都は、停戦の意向をくむつもりらしい。

「侵略したのは黒曜石の都だが、お互いに謝罪も賠償もなし」

 で停戦調停が行われた。ロボット兵の司令官は、殺した数は味方のが多い。短期決戦で終わらないと、どんな優秀な司令官でも国に貢献するのは難しい。そのことを黒曜石の玉座の神はよく理解していることを、ロボット兵の司令官は知っていた。

 無事、楽器の都と黒曜石の都で停戦調停が結ばれた。



  戦死者の死体回収


 停戦調停が終わると、急にやる気をなくす兵は多い。しかし、司令室の仕事はまだまだ終わらない。とりあえず、戦死者の死体回収をしなければならない。衛生上、絶対に戦争が終わったら、戦死者の埋葬を行わなければならない。死体を埋葬しないと疫病の原因になる。戦死者の遺体には、敵味方の両方の兵士の家族がやってくる。家族の死に激怒するものも多い。

 戦死者の身元の確認で、敵味方の事務方が交流する。仲良くなる事務員も多い。事務方の平和的な交流は、戦争が終わった安心感の象徴である。

 巨匠は、戦争を無事、生きのびた。生きのびたことの喜びをまわりの見知らぬ人たちと分かち合い、命への愛を感じた。

 玉座と玉座の戦争だったのだ。そのことは巨匠にもわかっていた。

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