第102話:黒田、グレンに気持ちを伝える

 夏休みの早朝、誰もいない学園のグラウンドで、私はある人を待っていた。


 夏休みを共に過ごし、言葉ではなく、剣で気持ちを伝えられる人物。朝の頭が回っていない時間に素直にぶつかろうと思い、呼び出しておいたのだ。


 よって、今日の私は剣術大会で着用したゴスロリ衣装に再び身を包み、剣を待っている。


 当然、今やってきた彼は、騎士の格好をしていた。


「急にどうしたんだ? 剣を使いたいなんて」


 フラスティン家の護衛騎士、グレンである。


 もちろん、今日は告白します、と言って呼び出すわけにいかないので、グレンに詳しい話をしていない。きっとチンブンカンプン状態だろう。


「今日は余裕がないの。少し付き合ってほしいだけよ」


「……別に構わないが」


 私が緊張している影響か、グレンは首を傾げていた。


「私が剣を持つのは、今日で最後よ。護衛はグレンに任せるし、剣の道に未練はない。少しだけ力を借りるだけ」


 自分に言い聞かせるように声を出した私は、グレンに向けて剣を構える。空気を読んでくれたグレンも、同じように構えてくれた。


 が、秘密兵器と呼ばれた黒田と対峙して、やっぱり怖気づくように足を一歩後ろに引いている。


「親父よりも隙がない」


「筆頭騎士と比較しないで。それで勝っても微妙な気分よ」


 構えだけは超一流の黒田である。とても今から告白する人物とは思えない。


「それで、どうして急に剣を持とうと思ったんだ?」


「騎士は言葉で語らないわ。剣で語るものよ」


「いや、貴族だろ」


「細かいことは言わないの! とにかく私の剣を受け止めなさい!」


 生まれて初めて告白するということもあり、まったく気持ちに余裕がない私は、大きく息を吸って深呼吸をした。


 グレンが来てくれた以上、もう後には戻れない。いや、戻らない。


 自分のためにも、グレンのためにも、このまま勢い任せで気持ちを伝えるべきだ。最初から順番なんてぐちゃぐちゃだったんだから。


 グレンはルビアや王妃様と相談して、私の気持ちを考えずに騎士になっているんだもの。普通は主になる私に相談するべきでしょう。勝手に騎士団まで退団するなんて、本当に驚いたのよ。


 おまけに、私に好意を伝えたのが、お父様の前ってどういうこと? ビックリしすぎて、何も言えなかったじゃない。本当にもう……。


 いい? 私の遅れた返事、ちゃんと受け取りなさいよね。この真っ直ぐな私の想いを!


 グッと力強く剣を握りしめた私は、それはもう、寝起きのグレンに全力で攻め立てる!


突き好きーーー!」


 勢いよく放った突きがグレンの胸部に命中し、吹き飛ぶように背中から倒れた。完全に防具が損傷しているのは、想いを込め過ぎたからである。


 ついつい昔のノリでやってしまい、力加減を忘れてしまった。前世で控え選手だったこともあり、最終兵器黒田である自覚に欠けていた。


 これはまずいと思い、急いで回復魔法をかけにいく。


「ごめん。ちょっと想いを込めすぎたみたい」


「……想いがこもっていることに、悪い気はしない。だが、一撃が重いのは困る」


「後でいくらでも謝るわ。これでも色々考えて、精一杯だったのよ」


 どんな形であったとしても、気持ちを伝えた方が楽になる。アラサーの黒田としては、告白することが第一優先だった。


 勢い任せじゃないと、初めての告白なんてできそうになかったのだ。


 グレンの恥ずかしそうな顔を見れば、なんだかんだで伝わっているだろう。あとは、もう少しちゃんと言わなければならないことを伝えるだけ。


「私はグレンが思っているほど、良い女じゃないわ。とても優柔不断で、色々な意味で自分の気持ちが制御できないの。他に好きな人だっているわ」


「ん? それくらいは知ってるぞ?」


「……えっ? 知ってて騎士になるなんて、グレンはダメ女が好きなの?」


 正直、嫌われることを覚悟してきた。最悪、フラスティン家から王国の騎士団にもう一度入られないか、王妃様に頼もうとも思っていた。


 それなのに、グレンは逆ハーレムを受け入れてくれるの……?


「ダメかどうかは俺が判断することだ。今も昔も、忠義を尽くすべき相手だと思っている」


 騎士として生きることができるようになったから、そういうことを言ってくれるのかな。一人の男としては、複雑な心境だと思うもの。


「このままいけば、グレンを傷つけることもあると思うわ。だから、もしツラいと思ったら、騎士の仕事を投げ出しても――」


「生涯かけて忠義を尽くす、そう決めている。騎士として生きる方法を教えたくせに、そんなこともわからないんだな」


 真っすぐ見つめてくるグレンを見て、最初からすべてを知ったうえで、私の騎士になってくれたのだと察した。


 それはとてもありがたくもあり、嬉しくもあり、恥ずかしくもある。


「確認しておきたかっただけよ。知らない間に引き下がれないようなところまで来てしまったんだもの」


 だから、少しつれない態度を取ってしまう。私の心には、それくらい余裕がなかったのだ。


 一方、最初から知ったうえで騎士になってくれたグレンは、とても凛々しい表情を浮かべている。


「気にするな。何があっても、俺が守ってやる。だから、前だけを見据えていればいい」


 どうして告白した私の方が慰めてもらっているんだろうか。


 なんか……とてもズルイ言い方ね。そういうところ、本当に好きだわ。


「二人の時だけでいいから、クロエって呼んでもらってもいい?」


「いや、それはまた別の話だろう」


「ケチね。まあいいわ。何とか気持ちの確認ができただけでも落ち着いたもの」


「今後は剣以外の方法で伝えてくれるとありがたいけどな」


「善処するわ」


 回復魔法での治療も終わり、二人で立ち上がると、グレンは手を差し出してきた。


「女子寮まで送っていく。早く行くぞ、


「……グレンって、何気にそういうの得意よね」


「うるさい」


「ねえ、もう一回言って?」


「二度と言わん」


「ほら、ご主人様の命令は絶対なのよ」


「騎士は臨機応変に対応することを求められる」


 変に意地っ張りなグレンの手を取り、私は女子寮へ戻っていった。朝からとても幸せな気持ちになったのは、言うまでもないだろう。

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