第103話:黒田、ジグリッド王子に気持ちを伝える

 幸せな午前中を過ごして、自信を付けた私はいま、『フクロウの休日』に来ていた。


「はい、あ~ん」


 二人でカップルメニューを頼んだ、ジグリッド王子と一緒に。


 人生で二回目のカップルメニューということもあり、私には大きな余裕がある。しかし、初体験であろうジグリッド王子は、どうにも受け入れがたいみたいで、恥ずかしそうにしていた。


「手は怪我していない。普通に食べられるぞ」


「知っているわ。でもね、カップルメニューは食べさせ合うことが基本なのよ」


 当然、そんなことはない。ただの黒田ルールである。


 貴族である以上、執事やメイドに洋服を着せてもらうことは多くなるはず。私もドレスや浴衣を着る時は、必ずポーラに手伝ってもらっている。


 でも、あ~んはハードルが高いと思ったみたいで、必死にジグリッド王子は逃げ道を探していた。


「自分のフォークで食べようとしないの。往生際が悪いわ」


「さすがに良い年だからな……。抵抗がある」


「そう? アルヴィはやってくれたわよ」


 私が浮気癖を持っているとグレンが知っているのなら、ジグリッド王子やアルヴィも知っていたと考えるべきだろう。ピクッと頬が動き、固まってしまったジグリッド王子を見れば、間違いないと思う。


 もちろん、私にも後ろめたい気持ちはある。けれど、黒田は推しを一人に絞れない人間だ。


 たとえ、マイナスの評価につながったとしても、もう隠しはしない。マイナス評価に繋がっても、すべて伝えるべきだと思った。


 一国の王子が逆ハーレムに加わるなんて、さすがに良くないことだとわかるもの。領民だって反発するに決まっている。


 法整備を整えたからといって、人の心を変えることは難しい。ジグリッド王子と私が結びつく未来は、とても険しい道になるだろう。


 そこまでの価値が、黒田にあるとは思えなかった。真剣に推しの幸せを考えたら、ジグリッド王子はルビアと婚約するべきだと思う。


「私にこだわる必要はないのよ。昔の約束に囚われなくてもいいの」


 ジグリッド王子に関しては、今が引き返す最後の時間になる。私が聖女に選ばれれば、王子として、国を反映するために婚約させられるだろう。


 本人たちの意思は関係ない。ここは王族の統治する国であり、王妃様が乗り気なのだから。


「待っていてくれるんじゃなかったのか?」


  想いを確かめ合って一か月も経たないうちに、こんなことを言うべきではないと思う。でも、クロエが小さい頃から恋心を持ち続けてきたから、ジグリッド王子に幸せになってほしいという思いが止められない。


「私の気持ちは変わらないわ。でも、周りが待ってくれるとは限らないし、刻一刻と環境は変化する。運命の分かれ道に戻ることができるのは、これで最後だと思うの」


「クロエ嬢を選ぶか、ルビア嬢を選ぶか、という意味だな」


 ジグリッド王子を見て、私はゆっくりと頷いた。


 今はクロエが聖女に推されているとはいえ、ルビアも素質はある。むしろ、魔力量の多いルビアの方が伸び代はあり、国に欠かせない存在になるはずだ。


「ルビアはしっかりしているわ。頑張り屋さんな一面もあるし、優しい心を持った一途な子なの。今は私の陰に隠れているにすぎないわ」


 原作のルビアの成長率を考慮すれば、いつ才能の芽が開花してもおかしくはない。ましてや、子宝に恵まれるエンディングを知る者として、どうしても伝えておきたかった。


「ジグリッド王子も国も、ルビアなら幸せにしてくれると断言できるの。でも、私は何が起きるかわからない。私という未知の未来を無理に選ぶ必要はないわ」


「いくら言われても、俺の気持ちは変わらな――」


「ちゃんと考えて。私も複雑な気持ちなのよ」


 すぐに答えを出そうとするジグリッド王子に、ハート形のクッキーをねじ込み、いったん黙らせた。


 正直、逆ハールートを通らない限り、私がこんな話をすることはなかっただろう。でも、急を要する事態となった以上、仕方がないことだった。


 後悔してほしくはない。一国の王子という立場である前に、一人の男性として、自分の幸せについて考えてほしい。


 しかし、私の思いとは裏腹に、恥ずかしそうにクッキーを咀嚼したジグリッド王子は、いつもと同じように笑みを向けてくれた。


「何度考えても、俺の気持ちが変わることはない。十年間も温めてきたこの思いは、どんなことがあっても冷めはしないよ」


 心に固く決めていることだったのか、ジグリッド王子が折れることはなかった。


 この気持ちが変わることはない、と言わんばかりの温かい笑みを向けられれば、黒田が折れるしか道はない。


 それなら、私も一緒に背負う未来を選択する。


「幸せにする努力はするわ」


「それは男の台詞じゃないか?」


「いいの。自分との約束みたいなものよ」


 幼きクロエの心を無駄にすることはできない。優柔不断な黒田としても、推しのために頑張りたい気持ちがある。


 まずは小さな幸せから共有しよう。


「あ~んする?」


「いや、自分で食べるよ」


「そう。じゃあ、あ~んして?」


「……そのルールはどうにかならないのか?」


「無理な話ね。はい、あ~ん」


 なんだかんだで恥ずかしそうに、あ~んで食べてくれるジグリッド王子は、少し前の自分を見ているみたいだった。


 推しと一緒にいると心が制御できなくなり、何をされても嬉しくて、流されるままに過ごしてしまう。でも、それはとても幸せな気持ちなので……、もう少しイチャイチャしてもいいと思う。


 私にできることは、些細なことしかないのだから。


「二口目にいくわよ。はい、あ~ん」

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