第100話:黒田、仕事をする
夏祭りが終わった翌日、年に一度の大きなイベントが終わり、安堵する人が多い。が、主催者側の公爵家の人間としては、まだまだ仕事が山積みになっていた。
子供たちが食べたり遊んだりした代金が公爵家に請求されるため、現地に足を運んで、キッチリ調査しなければならない。
そうしてフラスティン家は伝統を守ってきたのだ。不正受給が発覚した場合、領民全員から白い目で見られ、この地の居場所をなくすのだが……、毎年必ず悪いことをしようとする人がいる。
本来であれば、現領主のお父様の仕事になる。しかし、実家に帰省している私にも仕事が回ってきていた。
「クロエ様、ジグリッド殿下と婚約されるんですか?」
領民たちが夏祭りデートを目撃しているため、どこに行ってもこの話題ばかりだ。
「未定よ。何も決まっていないわ」
「否定はしないんですね」
キッチリと否定して、ジグリッド王子の耳に届くことが一番怖い。そして、私の護衛にグレンがついてきてくれているため、とても気まずい雰囲気が流れていた。
逆ハーレム状態になった弊害である。
「夏祭りの参加者と去年の売り上げと比較して、迅速に調査しなければならないの。余計な会話は控えてちょうだい」
バスッと話を一刀両断する私は、完全にクロエムーブをしている。この仕事を終わらせない限り、王都へ帰られないのだ。
夏祭りの視察が終わった以上、ジグリッド王子も長くは滞在しないはず。王都にいるアルヴィが元気か気になるし、ルビアとも腹を割って話をしたい。
それなのに、王都までの距離は二週間かかる。夏休みが移動と仕事で潰れるなんて、社会人みたいで嫌だ!
必死になって仕事をするものの、フラスティン領は広い。出店の調査だけでも、一週間はかかる見込みだった。
フラスティン家の長女として、仕事をやるしかない。できる限り早く終わらせ、一日でも早く王都に戻るんだ。
推しと過ごす学生時代という最高の青春が待ち構える私は、テキパキと働き続けた。
しかし、やっぱりどこに行ってもジグリッド王子のことを聞かれるため、今までにないほどモヤモヤとした感情が生まれてくる。
ルビアの略奪愛属性がなくなり、私はいま自由の身。積極的に恋愛して、異性と結ばれるという最高にハッピーな思いがしたい。
でも、逆ハーレムは……。うーん、推したちが私を争う姿も見てみたいけれど、それは妄想だけに留めておくべきこと。現実でやるわけにはいかないし、そこまで良い女ではないと自覚している。
誰か一人を選ぶというのは、かなり難しいが。
子供の頃から両想いだったと発覚したジグリッド王子か。
ラブラブイベントにも付き合ってくれて、一番距離が近いアルヴィか。
私を守るためにフラスティン家の騎士になってくれたグレンか。
……選べない。最推しを一人に絞らなければならないなんて、私には絶対にできないことだ。
前世で三十年間も恋できなかった反動か、ゲームをやり過ぎた影響か、どうにか逆ハーレムができないか模索してしまう。
落ち着くのよ、黒田。私は推しと食に溺れるだけの女であり、もう原作というアドバンテージは存在しないの。
オリジナルルートを開拓した影響で、私が知る未来は変わってしまったから。現に夏休みですら、完全に改変されている。
ここからは、私の知らない世界がやってくるのだ。新しい道を切り開かねばならない。
今までと同じようには過ごし、発生するイベントを待ち続けてはダメ。幸せが約束されている主人公のルビアとは違うの。
だって、クロエは悲劇の当て馬ヒロインだもの。恋愛音痴の黒田が合わさり、後手に回れば、またすぐにアラサー女子になるに決まっている。
前世で苦い経験している私は、すぐに対策を取らなければならないと判断した。恋愛経験ゼロであるため、正しい道を選択してくれるであろう友の元へと向かう。
「ポーラ、相談があるの」
最強のお助けウーマン、専属メイドのポーラである。
「お仕事の相談は、私よりも旦那様の方が……」
「違うわ。優柔不断な私でも、うまく恋愛できる方法が知りたいの。とてもありがたいことなんだけれど、なぜか三人の男性と両想いになっているのよ」
世界で一番贅沢な相談をしている自覚がある。でも、自分で推しを一人に決めるなんて、絶対に無理だ。
とても真剣な表情で相談している影響だろう、ポーラも同じように真剣な表情で向かい合ってくれた。
「大丈夫です。ルビアお嬢様にお任せしましょう」
どうしてここでルビアの名前が? と疑問に思ったが、ポーラは何も教えてくれないのであった。
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