第98話:黒田、怒らせてしまう
焼きそばを食べ終えた後、原作の設定とクロエの記憶を必死に呼び起こしながら、ジグリッド王子とデートを続けた。
二人で食べ歩き、夏祭りの雰囲気を眺め、街の将来について語り合う。とてもクロエらしくあり、公爵家の令嬢にふさわしい行動だったと思う。
しかし、途中で食べた焼きそばの青のりが歯についていないか、私は気になって仕方がなかった。珍しくクロエムーブが順調なだけに、どこかでオチがありそうで怖い。
だから私は……、〆にタイ焼きを食べることにした。
け、決してタイ焼きが食べたかったわけではない。おいしそうに焼けてるなーと思って、ついつい手が出てしまったわけでもない。
これは青のりを取るため、ただそれだけのために食べるのだ。
「タイ焼き二つ」
「……クロエ様と、王子殿下ですかい。いやー、見間違えるほどの色男になられましたね」
あれ? ジグリッド王子の知り合いかしら。店主は貴族ではなさそうだし、そんなはずはないと思うのだけれど。
「小さな頃に足を運んで以来だ。比較されても困る」
「はは、間違いないですね」
二人が何気ない会話をした後、すぐに焼き立てのタイ焼きをもらった。
夏祭りの屋台で食べるタイ焼きというのは、庶民が食べる贅沢なスイーツのイメージがある。庶民の舌を持つ黒田にとっては、とてもハッピーなデザートだった。
「ジグリッド王子は頭から食べる派? 尻尾から食べる派?」
タイ焼きを食べる時、ついつい聞いてしまうこの質問だが、黒田は頭から食べる派だ。
たっぷり餡子が詰まった頭から食べることで、幸せな気分に浸りたいから。だって、一口目がいちばんおいしいんだもの。
「……いや、初めて食べるよ。王都のスイーツは生クリームを使用したものが多いんだ」
言われてみると、王都のスイーツは洋風のものが多い。王城でいちご大福を出してもらったこともあるけれど、店で販売しているところは見たことがなかった。
つまり、和風のものはフラスティン領が中心、という状態なのかもしれない。
じゃあ、どうしてジグリッド王子はタイ焼きのおじさんと知り合いなのかしら。交流関係を探るのは気が引けるし、ひとまずタイ焼きを食べて落ち着こう。
早速、私はタイ焼きの頭にガブッと噛みついた。
焼きたてで皮が柔らかく、甘い餡子が温かい。どこか安心する庶民の味であり、つぶあんの小豆が良いアクセントになっていて、贅沢な味わいに仕上がっている。
「タイ焼きが食べられないなんて、人生を損しているようなものよね」
「人生はタイ焼きで決まらないがな」
冷静な突っ込みはやめてもらいたいわ。完全にここだけクロエムーブが失敗してるもの。
ただ、タイ焼きを食べ始めてから、なぜかジグリッド王子がムスッとしている。学園生活の中でも、クロエの記憶の中でも、ジグリッド王子にこういった眼差しを向けられたのは初めてだった。
「……タイ焼き、苦手?」
「いや、別に」
「じゃあ、どうして不機嫌なの? 私、何か気に触ることでもした?」
もちろん、思い当たる節はない。ジグリッド王子の性格を考慮すれば、余程のことがない限り、怒られることはないだろう。
「タイ焼きで、何か思い出さないか?」
初めてタイ焼きを食べるにもかかわらず、ジグリッド王子は妙に執着していることに疑問を抱く。
しかし、タイ焼きの思い出といえば、黒田が部活帰りによく食べていて、クロエの記憶では何も思い出せない。
今まで意図的に何か思い出そうとして記憶が蘇ったわけでもないし、いきなり聞かれても答えようがなかった。
でも、私にこんなことを問いかけるのなら、何か理由があるはず。小さい頃にジグリッド王子が夏祭りに参加し、タイ焼きに思入れがあったと推測すると……、そこにクロエが同席していたと考えるべきだ。
「すまない。少し頭を冷やしたい」
感情が抑えられなくなったのか、ジグリッド王子は背を向けて歩き始める。
黒田の記憶が蘇った弊害とはいえ、私が気に障ることをしたのは間違いない。クロエらしく過ごしたことで、余計に昔のことを思い出させた可能性もある。
昔のクロエと今のクロエの対応に納得がいかず、ジグリッド王子は怒ってしまったのだ。
過去のことを何一つ思い出せない私が、ジグリッド王子を引き止めてもいいのかわからない。でも、このままジグリッド王子と離れていけない気がして……。
「待って。うまく言えないけれど、少し話を……痛ッ」
勢いよく足を踏み込んだ、その時だった。慣れない下駄で歩き続け、過度な負担がかかった足に限界が来て、バランスを崩してしまう。
ドテッ
今の気分を言うのなら、最悪という言葉でしか表せられない。領民の前で接待を失敗する姿をさらけ出し、とても情けない姿まで見せてしまった。
略奪愛システム、変なところで働いていないかしら。クロエムーブした時に限って、発動しなくてもいいと思うのだけれど。
少し泣きべそ黒田モードになっていると、立ち去ったはずのジグリッド王子が戻ってきてくれた。派手に転んだ私の前でしゃがみ、何とも言えない表情をしている。
「悪い。
今は考えるよりも先に、この情けない姿を改善するべきね。
「立てるのは立てるけれど、歩くのは少し難しいかもしれないわ。浴衣だと、自分で回復魔法もかけにくいし」
当然、できないことはない。でも、浴衣姿のまま捻った自分の足に回復魔法をかけようとすれば、公爵家の令嬢とは思えない格好になる。
そんなセクシーショットは、さすがに見せられなかった。
「俺の責任でもある。フラスティン家の屋敷まで運ぶよ」
「あっ、待って」
ジグリッド王子が私を持ち上げようとしたとき、反射的に止めた。
もちろん、嫌なわけではない。申し訳ない気持ちがあったとしても、領民の前で殿方の善意を断るほど、私もバカではない。
「お、おんぶ派なの」
でも、推しのお姫様抱っこは失神するとわかっているため、私はとても恥ずかしい理由でおんぶをねだるのだった。
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