第95話:黒田、ポーラに相談する

 急遽、私がジグリッド王子を夏祭りに案内することが決まり、ポーラにピンク色の浴衣を着せてもらっていた。


「ねえ、ポーラ。これもルビアの指示で用意してくれたの?」


 恋愛で赤点を取った私に対して、ルビアが恋愛計画を立ててくれたのは間違いない。ジグリッド王子だけでなく、私の浴衣も用意されていたから。


「ルビアお嬢様より、あまり口にしないように言われています」


「隠し事をするのは良くないわ。大事なことは伝えるべきよ」


「メイドは臨機応変に対応することも求められます。クロエお嬢様に何を言われても、ルビアお嬢様の願いを無視することはできません」


 口を固く閉ざすポーラは、何も教えてくれそうになかった。


「はぁ~。ルビアは何を考えているのかしら。双子なのに、急に心が読めなくなってきたわ」


「難しく考えなくてもいいのではないでしょうか。クロエお嬢様とルビアお嬢様は、相思相愛だと思いますよ」


 相思相愛……か。ゲーム内だと、攻略対象の好感度が最大値になっているときに、『相思相愛』という言葉を使ってポーラが教えてくれる。


 ハッピーエンド間違いなしの確定ルートになるのだけれど、さすがに不安なのよね。


 ルビアの好感度が最大値になり、略奪愛がなくなった。そう考えるのは、都合が良すぎるかな。アルヴィもグレンも抜け道を通ってきたのではなく、ルビアの略奪愛ルートが消失して……は、考えすぎよね。


 うーん、と悩む私とは違い、テキパキと動くポーラのおかげで、あっさりと浴衣の着付けが終わる。


 チラッと鏡を見て自分の姿を確認するが……。


「ピンク色の浴衣は、女の子らしいルビアが着るべきよ。私のイメージとは違うわ」


「クロエお嬢様はもっと女の子らしい格好をするべきだと、ルビアお嬢様が言っていました」


「結局、ルビアの指示だったのね。でも、これだと落ち着かないもの」


 奇跡的にポーラの口を割ることに成功したが、今はそれどころではない。中身がアラサーの黒田としては、もう少しシックな感じの浴衣を身に付けたかった。


「お似合いですよ。浴衣で可愛らしい印象を抱く分、髪の毛はまとめて大人っぽくしましょう。こちらの椅子におかけください」


 私の言い分は通らないと察して、大人しく椅子に座ることにした。


 ルビアの指示があるとはいえ、ポーラが陥れようと考えるはずがない。この世界で一番信用できる人物であり、一番の友人だと思っている。


 だから、ポーラになら話してもいいかもしれない。


「ポーラ、変なことを聞いていい?」


「またルビアお嬢様のことですか?」


 うぅ、バレてる。でも、このタイミングを逃したら、ジグリッド王子とのデートが始まってしまうわけであって……。


「もしもの話と受け取ってくれたらいいわ。誰にでも言えることではないし、ずっと気になっているの。その……ルビアが略奪愛に興味があるんじゃないかって思ってて、怖いのよ」


 どういう反応をするのかな、と恐る恐る鏡に映るポーラを見ていたが、特にリアクションはなく平然としていた。


「それで恋愛に憶病になっているのですね」


「えっ? ルビアの様子を見つつ、すごく積極的に動いているつもりなのだけれど」


「……天然でしたか。いえ、何でもありません」


 とても複雑そうな表情を浮かべられたのは心外だが、今日は無礼講にしよう。いや、いつも無礼講みたいなものだけれど。


 ただ、やっぱり思うところがあったのか、ポーラは言葉を選ぶように考え始めていた。


「メイドの身ですので、大きな声では言えませんが、ルビアお嬢様は依存体質だと思います。クロエお嬢様が好きで仕方なく、感情をコントロールできないのでしょう」


「私も同じ考えよ。自分で言うのも恥ずかしいけれど、ルビアはとても慕ってくれているわ。その分、心の距離が遠くなると、反動で暴走しないか心配なの」


「その行きつく先が略奪愛、というお考えですか。クロエお嬢様が異性と結びついてはいけない。自分だけを見てほしい。その見せしめに略奪愛に走る。なかなか怖い話ですね」


 ゲームでプレイする分には、ドハマりするのよ。推しと二人でいけないことをするというのは、とても刺激的なの。


 今は逆の立場だから、考えただけでも胃に穴が開きそうな刺激が来るわ。人類は内臓に強い刺激を求めていないのにね。


 ムカムカするお腹を手でさすっていると、不意にポーラがクスクスと笑い始める。


「笑い事じゃないのよ。本当に怖いんだから」


「すいません。あまりにも真逆だったので、つい」


「……逆?」


 ハッと短く息を吸ったポーラは、すぐにゴホンッと咳払いをした。


「ルビアお嬢様の思いをお伝えすることはできませんが、クロエお嬢様のご心配は杞憂に終わります。今は周りの殿方のことだけを考えた方がいいと思いますよ」


「……ずっと仕えてくれるポーラがそう言うのなら、考え直してみるわ」


 私が知っているのは、あくまでゲーム内のルビアだ。この世界においては、ポーラの方がルビアのことをよく知っている。


 特に、学園が始まってからのルビアのことを。そして、黒田の記憶が蘇った私のこともよく知ってくれている。


 誰よりも近くで私たちを見守ってくれているのは、専属メイドのポーラなのだ。


「では、こう言い直しましょう。クロエお嬢様の一人の友人として、私の言葉を信じてください。ルビアお嬢様はクロエお嬢様の幸せを望んでいます」


 そういう言い方は、黒田が弱いとわかっているのだろう。クロエはメイドとして見ていたが、黒田は友達として見ているから。


「わかったわ。ポーラの言うことを信じる。でも、何かあった時はちゃんと慰めてね」


 きっちり予防線を張り終えると同時に、髪型が整え終わった。


 ピン止めをうまく使って編み込み、大人っぽいアップなスタイルに仕上がっている。


「ありがとう。じゃあ、行ってくるわ」


「お祭りで何かを食べる際は気をつけてくださいね」


 子供の見送りかな、と思う反面、本当に気を付けようと思うのだった。

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