第93話:黒田、グレンを騎士にする

 フラスティン家の屋敷を懐かしむクロエの気持ちと、ゲームの聖地巡礼気分の黒田の気持ちが合わさり、すっかり実家暮らしを満喫していた。


 この場所には、ポーラ意外にもメイドがいるし、私兵や執事までいる。そのため、私はいつにも増して気が引き締まる思いだ。


 ようやく黒田にも、公爵家という本物のお嬢様の自覚が芽生えてきたのかもしれない。


 ただ、帰省した本来の目的は、フラスティン家でグレンを雇う許可をお父様にいただくことだ。よって、今は夏祭りの事務処理で忙しいお父様に時間を作ってもらい、グレンと一緒に執務室に訪れていた。


「お父様、彼がグレンよ。王妃様も護衛騎士に推薦してくれているわ」


 私の言葉と共に、グレンは軽くお辞儀をする。しかし、革張りの椅子に深く腰を掛けるお父様は、腕を組んで威圧するように睨みつけていた。


「話は聞いている。クロエの護衛騎士になるため、フラスティン家で雇われたいみたいだな」


 あまり良い雰囲気と思えないのは、気のせいであってほしい。私のことを考えてくれていると思うが、クロエの記憶に存在するお父様は、怖いイメージしか残っていないのだ。


「どうしてクロエの騎士になろうと思ったのかね」


「この世界に必要な人だと思ったからです」


 急に面接みたいな展開が始まったけれど、私がやれることはあまりない。グレンが話すところを見守るだけだ。


「君はジグリッド殿下の護衛を担当していたと聞く。一国の王子の護衛を放り出しても、クロエを護衛する価値があるというのか?」


「はい。ジグリッドは……ジグリッド王子は、この国に必要な人材です。しかし……ク、クロエ様は、この世界に必要な人だと思います。騎士として生きるなら、ま、守りたいなと思いまして」


 ぎこちなく話す姿を見て、そういえばグレンに名前で呼ばれたことがないと気づく。


 意地っ張りなところがあるし、名前で呼ぶのは恥ずかしいのかな。あまり畏まって言われるのも困るけれど、名前くらいは普通に呼んでほしいわよね。


 ジグリッド王子も呼び捨てなんだから、私のこともクロエって……。


 一人で妄想の世界に旅立つ私はとてもいい気分になっているが、お父様はあまりいい気がしていないみたいだ。眉間にシワが寄って、不機嫌なオーラが出ていた。


「上部だけの話などいらん。昔からクロエは優秀で、世界に必要な人材だと知っている。俺が知りたいのは、ジグリッド殿下の護衛を放り出した本当の意味なのだよ」


 グレンが適当なことを言ったわけではなくても、忙しいお父様はよく思われなかったのだろう。腹を割って話せ、と言っているような気がする。


 その事を察したのか、グレンはポリポリと頭をかいて、言いにくそうに口を開いた。


「優秀である以前に、クロエさんは変なところで弱くて、心配になります。場合によってはルビアさんよりもだらしなく、護衛がいないというのは理解できませんでした。だから……俺が、守ります」


 黒田はだらしない、と言われた気もするけれど、そんなところを守ってあげたいと言われれば、胸がときめいてしまう。


 でも、あくまでグレンは私の騎士になりたいのであって、忠義ルートに入っているはず。勝手に恋愛ごっこを楽しむのは、妄想だけにしておこう。


 しかし、お父様は納得いかなったのか、組んでいた腕をほどき、両手でバンッと机を叩いた。


 そして、その勢いのまま頭を下げ……えっ? どうして頭を下げるの?


「娘を頼む!」


 いったい何があったのか。結婚報告に来た彼氏に娘を託す父親みたいな雰囲気が出ている。


 もしかしたら、黒田のチョロイン遺伝子は、お父様の影響かもしれない。


「お父様、どうしたの? そんなに勢いよく頼むことではないわ」


 当然、公爵家の当主が護衛騎士に頭を下げるなどあり得ない。もはや、一人の父親としてお願いしているのは明白だった。


「まだ早いと思って、クロエにもルビアにも言っていないが、うちは恋愛結婚主義だ。政略結婚は許さん」


 いや、恋愛結婚を推奨するのはとてもありがたいことですが、それはまた違う話ですよね。グレンだってそんな気持ちは……。


 待って。どうしてグレンが恥ずかしそうにしているのよ。恋愛ルートではなくて、騎士ルートを通ってるはずでしょ?


「グレンは私の騎士、よね。その……恋愛的な意味とかは……?」


「……ダメか?」


 子犬のように寂しそうな目を向けてくるのは、本当にズルいと思う。


 黒田の体温が上昇するのを感じるため、再び高熱にうなされそう気がした。

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