第76話:ルビア、ビビる!

――ルビア視点――


「まさか騎士の治療まですることになるとは、思ってなかったなー」


 騎士団遠征に治療師として同行している私は、怪我をした騎士の治療を終えた後、お姉ちゃんたちの元へ向かった。


 すると、そこには予想外の光景が広がっている。


 不機嫌そうにムスッとした表情を浮かべるジグリッドくん、真顔のまま激しい貧乏ゆすりをするグレンくん、そして、背中からは幸せオーラを解き放つアルヴィくん。


 お姉ちゃんの姿が見えないなーと思っていると、驚愕的な展開を目の当たりにする。


 なんと! あの恋愛音痴のお姉ちゃんがアルヴィくんに膝枕をしてもらっているのだ!


「ハァハァ、どういう状況か詳しく聞いてもいい?」


「どうしてルビア様の息が荒くなるんですか。これは事故みたいなものですよ」


「膝枕をするような事故って何? ジャンケンで膝枕を奪い合ったとかではなくて?」


「僕の膝と枕を間違えたみたいですね」


 そんなミスをお姉ちゃんがするはずはない、と少し前の私なら思っただろう。しかし、今なら間違いなくやると断言できる。


 なぜなら、恋愛に関してはお姉ちゃんの方が天然だから。別名、男垂らし、だよね。


 普段はキリッとした表情で過ごし、完璧な貴族令嬢として過ごしているのに、ふとした瞬間だけ子供に戻る。冷たい氷が溶けたような温かな笑顔は、とても幸せそうで、双子の私ですら可愛いと思ってしまう。


 その強烈なギャップが男性のハートをわしづかみにし、守ってあげたくなるポンコツ才女が生まれるのだ。


 でも、これは私の罪でもある。


 人と関わり合いたくなくて、貴族社会から逃げていた私を、お姉ちゃんはずっと守ってくれていた。


 それが当たり前だと思っていたし、私にだけ見せる優しいお姉ちゃんを独り占めしたいと思い、勉強も運動も作法も、お姉ちゃんのレベルに合わせていたのだ。


 少し下手な方がもっと可愛がってくれる。少しうまくいかない方がもっと守ってもらえる。双子という特別な存在の私をお姉ちゃんは見捨てることなく、何よりも大切にしてくれる。


 だから、私もお姉ちゃんに愛情を注ぐために生きてきた。


 でも、双子ゆえに気づいてしまう。お姉ちゃんが異性に気を惹かれていることを。そして、私のために押し殺してきた心が暴走し、を作り上げたことを。


 そう、あの超絶可愛いポンコツお姉ちゃんは、私が作り上げてしまった第二のお姉ちゃんなのだ。


 妄想だけで留めなければならないのに、本気で逆ハーレムを目指すなんて、今までのお姉ちゃんなら言わなかったもの。


 しかも、公爵家の長女だからという理由で諦め、次女の私に託すという理解しがたい行動に出ている。おそらく、同じ容姿の私が逆ハーレムを作る姿を見て、疑似体験を味わおうとしたのだろう。


 本当に理解に苦しむ。私に押し付けようとするくらいなら、ちゃんと相談してくれればいいのに。


 これは、ルビアという檻でお姉ちゃんを飼い慣らしてしまった、私の罪なんだもん。超絶可愛いポンコツお姉ちゃんのためなら、なんだってするよ。


 早速、私は好感度調査に乗り出すことにした。


「グレンくん。今はどんな気分? もしかして、自分の気持ちに気づいちゃった?」


「……騎士でいるだけだ。他に感情などない」


「そんなことはないよね。ここまで歩いてくるだけなのに、随分とお姉ちゃんを意識してチラチラ見てたよ?」


「……し、仕事だ」


 くぅー、まだ自分の気持ちに気づかないか。もしくは、気づいているけど言いたくないパターンかな。


 まあ、グレンくんもお姉ちゃん並みに鈍感だし、騎士として忠義を尽くすだけだ、なーんて言いそうだもんね。


 でも、逆ハーレムがジグリッドくんとアルヴィくんだけなんて、お姉ちゃんには少ないよ。最低でも三人には囲まれてくれないと。


 元々、お姉ちゃんができるって言ったことだし、有言実行をしてもらわないとね。


 徹夜して作ったお姉ちゃんのお弁当をパクリッと食べてみると、思わずその出来映えにニヤけてしまう。


 ブーブー文句を言ってたのに、なんだかんだで気合いが入ってるよね。普通においしいんだもん。


「ジグリッドくんはどう? 騎士団遠征でお姉ちゃんといい感じになれそう?」


「……もう少し場所を選んでもらってもいいか?」


「いいじゃん。お姉ちゃんは寝てるんだから。それとも、まだアルヴィくんには内緒にしてたの?」


「そういうわけでもないが、ここで話す必要性を感じない」


「はっはーん。もしかして、お姉ちゃんの寝顔が可愛くて、冷静になれないのかな?」


「悪い部分が出てるぞ、ルビア嬢」


「ごめんごめん。どうしても気になっちゃうんだよね」


 プイッとそっぽを向くジグリッドくんに謝罪しつつも、内心はこれでいいと思っていた。


 ジグリッドくんは、少しくらい煽った方が積極的になる。

 アルヴィくんは、バンバン背中を押して行動してもらう。

 グレンくんは、騎士としてではなく、一人の男として好きだと自覚させなければならない。


 どこまで騎士団遠征で踏み込めるかわからないけれど、三人とも心に火が付いたのは間違いなさそうだよね。


 さすが天然のお姉ちゃん。自分の意思で膝枕なんてできないのに、こういうところで成功させちゃうなんて。


 ふふふ、幸せそうに寝てる。まずはアルヴィくんと結ばれたいのかな?


 それとも……、おっと。黙っていなさそうな王子様が気にしてるし、ここは様子を見ようか。


 焦る必要はない。まだまだ遠足は始まったばかりなんだもん。

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