第77話:黒田、やっぱり出てきてしまう……!

 外の昼寝は心地良すぎたのか、妙に体の疲れが吹っ飛んだ私は、午後から元気に歩き続けた。


 目はギンギンにさえ、足が浮いているんじゃないかと思うほど軽い。思わず、アルヴィが運ぶ荷物を分けてもらうほど元気で、全然苦にならなかった。


 最後まで頑張って荷物を運びたいアルヴィは、なかなか分けてくれなかったけれど。


 見た目は可愛い弟系なだけに、そういう男の子っぽいところにグッと来るのよね。女の子に力仕事をさせるわけにはいかない、そんな気持ちで運んでくれていたんだと思うわ。


 やっぱり異性として見てくれているのね。えへへ。


 太陽の位置を確認しつつ、騎士団が途中で何回か休憩を入れたものの、我が儘貴族の体力は少ない。限界を迎えて文句も言えない状態だったので、先行組と後続組に分かれることになった。


 当然、元気な黒田がいる班は先行組であり、夕方には目的地に到着。日が暮れてから到着した後続組の分まで、夜ごはんが食べられる準備をしてあげていた。


 といっても、騎士団が用意してくれていた薪を運び、BBQができる準備をしただけ。食べる肉も騎士たちが仕留めた獲物をいただくので、後は焼いて食べるだけだった。


 暗闇を松明たいまつとBBQの火で照らす光景は、大勢で賑わうキャンプファイヤーに近い。ザ・青春イベントに私の食欲という炎も燃えていた。


「もう焼けてるみたいだな。各自で食べていいぞ」


 各班を見回ってくれたサウルが許可を出してくれる。が、現場の雰囲気は異様に重い。


「本当に食うのかよ……、イノシシの肉」

「もっとマシなものがあっただろう。どうして騎士団が食料を運んでないんだよ」

「こんなの食うやついないぜ?」


 相変わらずの我が儘……と言いたいところだが、貴族としては普通の感情になる。この世界でイノシシの肉は、どうしても食料に困った時に食べるものという認識で、貴族が食べるものではない。


 ましてや、普通のイノシシではなく、魔物である。普通の貴族は、絶対に食べない。


「食べたくなければ、食べなくてもいい。街を離れれば、食料が貴重なことくらいはわかるだろう」


 しかし、あくまで騎士団遠征なのだ。食料を用意してくれるだけでも甘やかされていると思う。


 でも、我慢して歩き続けてきた我が儘貴族にとっては、怒りが限界なわけであって……。


「さすがに限度がある! 俺たちは貴族だぞ!」


 地位の低いクラスメイトの貴族が吠える。しかし、こういう時のために同じ貴族のサウルが騎士団の指揮を執っているので、何も問題はない。


 きっと素晴らしい意見を添えて、彼を黙らせ――。


「そうは言うが、誰よりも先に公爵家の人間が食べてるぞ。今までの最短記録を大幅に更新して、僅か三秒だった」


 ちょいちょいっとサウルが指を差すと、一か所に視線が集まった。その視線の先は、モグモグと口を動かす私だ。


 せっかく騎士が用意してくれた食料を無駄にするなんて、できるはずかない。食べ物の恨みは恐ろしいし、どんな料理でもおいしくなってしまう魔法のイベントが、BBQである。


 迷わず食べる以外に選択肢はあるのだろうか。いや、ない。


 一応補足しておくが、一番大きな肉を取るのに一秒、フーフーで一秒、食いちぎるのに一秒、計三秒かかった。ちゃんと冷まして食べているので、火傷の心配はしないでほしい。


 そう、今の私はクロエムーブを意識している完璧なパーフェクトクロエなのだから。


「私たちが獲ってきたものではなく、騎士に分けてもらってるのよ。それだけでもありがたいことだわ。後でお腹が空いても知らないわよ?」


 超庶民的な味覚を持つ黒田にとって、イノシシの肉に存在するクセなんて、もはやスパイスにすぎない。クセのある食材を味わって食べる、それが黒田の食に対する敬意なのである。


 イノシシの魔物であったとしても、その命をちょうだいしているのだから。


「あっ、ルビア。そっちの肩ロースを取って」


「えっ? どれ?」


「手前から三つ目の肉よ。違う違う、その横の……そうそう、それ」


「どうして見ただけわかるの? イノシシ……だよ?」


「肉から感じ取りなさい」


 これは黒田の特殊能力【肉鑑定】スキル……とか言いたいところだが、焼肉屋でバイトした経験からわかるだけだ。


 料理音痴なのに、肉の知識だけは完璧なのであった。


 そして、ポーラとの料理修行で火の扱いに慣れたため、肉を焼くのが上手い。奇跡的に能力が開花し、みんなの分の肉を焼いてあげるほど、面倒見のいいお姉さんクロエになっている。


 しかし、さすがにイノシシの肉は抵抗があるのか、ジグリッド王子も渋い顔をしていた。


「食べないの? 食べないなら食べるわよ」


「あ、ああ……」


 そんななか、焼かれているのであれば、つい手を伸ばすのが黒田である。


 誰が育てた肉であったとしても、食事というのは早い者勝ちが基本。勝負の世界でも食事の世界でも同じ、躊躇したら負け、BBQは弱肉強食なのだ。


「先にもらうぞ」


 そして、騎士団に所属するグレンも食べ始める。彼にとっては、日常生活の一部みたいなものだろう。


「やっぱりモモ肉が一番だな」


 速報、モモ肉がおいしいらしい。大変有用な情報をグレンが提供してくれた。


「ルビア、モモ肉を取って。一番左のやつよ」


「待て。こっちのバラ肉が焼けたぞ。先に食べるべきだ」


「どうしたのよ、随分と優しいわね。ありがたくいただくわ」


「構わん。その間にモモ肉を食べる」


 グレン……なんて知的なの! バラ肉を囮にして、モモ肉を独り占めしようだなんて!


 でも、あえてその策に乗ってあげるわ。バラ肉の脂身は序盤じゃないと胃にもたれ……んぐんぐ、割りと重くないわね。もう一枚いただこうかしら。


 異様な雰囲気のなか、圧倒的な食欲で食べる私とグレンを見て、周りの貴族たちは何も言えなくなっていた。これには、黒田の存在を認知していなかったサウルも真顔で見守っている。


「複雑な気分だが、今年は揉めなくて済んだな。この後、各班に分かれて見張りもあるから、他の連中もちゃんと食べないと知らないぞ」


 黒田の食欲で平和的な解決に至ったという事実を知り、妙な優越感に浸った。そして、先陣を切って肉を食べるべき存在は、サウルの弟であるアルヴィだと確信する。


「アルヴィ、焼けたわよ。ちゃんと食べて大きくなりなさい」


「クロエ様。僕たちは同い年ですよ」


 そんなことを言いつつも、アルヴィは肉を食べ始める。少しばかり渋い顔をしているので、やっぱりクセの強い肉は貴族の舌に合わないのだと悟った。

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