第75話:黒田、お弁当を食す

 危険の少ないエリアで昼休憩を迎えると、恥ずかしい思いをグッと堪えて、協力的なサウルに事情を説明した。


 お弁当を手作りしてきたから、みんなと距離を取って食べたい、と。


 その結果、少し離れた場所までわざわざ案内してくれて、四人だけの空間を作ることに成功した。


 地面にシートを敷き、みんなで輪を作るように座ったら、お弁当のお披露目タイムになる。


 妙にソワソワとされてしまうが、期待に応えられるほどのお弁当は用意できていない。ポーラが監修してくれたとはいえ、あくまで料理音痴の私が作っているのだから。


「先に言っておくけれど、期待はしないでね……」


 ハードルを低くして取り出したお弁当は、ルビアの分も含めて五人分用意する必要があったので、三段弁当になっている。


 一段目は、からあげ。

 二段目は、卵焼き。

 三段目は、豆ごはんのおにぎり。


 正直に言おう。やっぱり私は料理音痴であり、これが限界だった。


 おにぎりに豆ごはんを使ったのも、黒田が具材を入れらないほど不器用だったので、混ぜ込みご飯に頼るしかなかっただけ。


 からあげと卵焼きも何度か失敗して、何とか徹夜して間に合わせたのだ。


 レタスとプチトマトという神アイテムがなければ、絶望的な彩をしていたことだろう。


「もっと色々な料理が作れたらよかったんだけれど」


 でも、さすがにレパートリーがなさ過ぎて、私は苦笑いを浮かべることしかできなかった。


 こういう時に貴族の男性陣は、とても気遣ってくれるから助かる。


「いや、おいしそうな料理だよ。クロエ嬢が作ったものが食べられるなら幸せだ」


 ジグリッド王子の優しさが身に染みるわ。


「本当にクロエ様は何でもできるんですね。料理も上手だったなんて」


 もう、本当にアルヴィは褒め上手ね。


「まあ、こんなもん――ぶほっ!」


 なんと! グレンが言葉を発した瞬間、ジグリッド王子とアルヴィがちょっかいを出し始めた!


 アルヴィもグレンとじゃれ合うことがあるのね。そういうBL本も読みたかったわ。


 一通り三人が遊び終わると、まずはジグリッド王子がからあげに箸を伸ばした。


「いくらでも食べられそうなほどおいしいよ」


 はぁ~、好き。推しに手料理を食べてもらうという高揚感で、心が満たされていくわ。


「フラスティン家は甘めの卵焼きなんですね。うちも同じなので、安心感があります」


 もう、アルヴィったら。いつお嫁さんに来てもいいよって言う意味なのかな? いけない、妄想が広がってしまうわ。


「……意外だな。普通にうま――ぶほっ!」


「意外とはなんだ、グレン!」


「とてもおいしいの間違いではないんですか!」


 どうやら二人はグレンとじゃれ合いたいらしい。遠足という開放感がそうさせるのかしら。


 でも、なんだかんだで喜んで食べてくれているし、本当によかったわ。これで安心して私も食べられるもの。


 遠足で推しと食事をするという幸せを感じながら、私はお弁当箱に箸を伸ばした。


 まず初めに食べるのは、当然、ポーラ直伝の卵焼きである。


 砂糖を多めに入れた影響で焦げやすく、何度も練習した思い出が蘇るのも無理はないだろう。もったいないという理由で食べたほろ苦い味がいま、口触りのいい甘さで広がっているではありませんか。


 自分で作ったと思えない仕上がりに、思わず頬が緩んでしまう。


 疲れた体に甘い卵焼きは、とてもいい。しかし、汗として流れたミネラルを補給するためには、塩分が必要になる。


 そんなときは、枝豆を使った豆ごはんおにぎりを食べるべきだ。


 予め塩ゆでしていることで、枝豆の味わいが際立ち、ご飯との相性も抜群。互いの良さを消しあうことはなく、程よい塩味がご飯の甘みを引き出していた。


 おいしい。とてもおいしいのだが、ここにから揚げを放り込むと、もっとおいしくなる。


 ちょっぴり焦げた部分があったとしても、冷めてもおいしいから揚げほど、贅沢なものはない。遠足で食べたいおかずランキングがあれば、堂々の一位を飾るだけでなく、殿堂入りを果たすだろう。


 だって、鳥の旨味が凝縮されていて、おにぎりが進んでしまうのだから。


 どうしてこんなにもおいしく感じるかといえば、自然を感じる場所で、推しを独り占めして、歩き疲れた影響だ。


 つまり、遠足最高。この解放感で心が制御できなくなり、恋愛イベントが発生しやすくなる気持ちもわかる。


 黒田に関しては、食欲の制御が外れている気がするけれども。


 豆ごはんのおにぎりを左手に持ち、右手でおかずをつつくスタイルの私は、明らかにわんぱくな子供だ。育ち盛りの男子よりも食い意地を張っている。


 だが、仕方ない。徹夜してラブラブ手作り弁当を作ったにもかかわらず、朝ごはんを食べる暇がなかったのだ。


 そう、あの黒田が朝ごはんを食べていない! それはもう、お腹が空いて仕方がなかった!


 よって、手が止まらない! 箸が……止まらない!


「クロエ嬢、もう少し落ち着いて食べたらどうだ?」


 推しに心配されるほどガツガツするのは、さすがに違うと思う。とても情けない気がするので、ちょっと黒田を黙らせますね。


「……あまり気にしないで。たまにはこういうこともあるのよ」


「そうだな。たまには……な」


 とても不穏な雰囲気を出すジグリッド王子の言葉に、さすがの黒田もしゅーんとなる。清楚らしく食べようと思い、一口を小さくして、よく噛んで食べることにした。


 本来は、これが正解なのよね。最近は事あるごとに黒田が出てきて、クロエムーブができていないもの。


 まあ、推しと食事のイベントが続けば、心が制御できなくなるのも当然のこと。落ち着いた頃にクロエムーブをして、良い印象を取り返しましょう。


 遠足という一大イベントで推しに囲まれ、しばらく幸せな昼休憩を過ごしていると、急激に睡魔がやってきた。


「クロエ様、お疲れみたいですね」


「そんなことはな……ふわぁ~~~」


 ポカポカ太陽の下でお腹が膨れ、大きなアクビをしてしまった。推しの前でこんな姿を見せるなんて、何とも情けないものである。


 食べてすぐ寝るなんて、さすがにお行儀も悪く、牛になりそうだわ。でも、徹夜した影響が大きく、眠くて仕方がない。


「まだ出発まで時間はありますし、休まれてはどうですか? 簡易枕だったら、すぐに出せますよ」


 ゴソゴソッと荷物の中を探し、アルヴィが小さいな枕を取り出してくれた。


 こんなところで意地を張って、迷惑をかけるよりかはいいかもしれない。そう思った私は、半分閉じかかった朧げな視界のまま、四つん這いになってアルヴィに近づく。


 そして、力尽きるように横になった。


「く、クロエ様……?」


「なんか温かいわね、この枕……。ちょうどいい弾力だし、アルヴィのニオイが……」


 ポカポカ太陽と満腹の影響だろう。簡易枕にしては、妙に寝心地がいい。


 なぜか推し成分が過剰に充填され、黒田が昇天しそうな感覚があるけれど、気のせいね。膝枕をされているわけでもあるまいし。はぁ~、屋外で寝るのは心地いいわ……。


「あ、あの、く、クロエ様?」


 やけにアルヴィの声が近くから聞こえることに疑問を抱きながらも、安心感のあるその声に誘惑され、私は眠ってしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る