第74話:黒田、遠足に行く

 騎士団遠征当日、早朝に王都の外壁に集合すると、ワイワイと賑わっていた。


 何といっても、騎士団というボディーガード付きの遠足であり、数多のカップル生み出してきた恋愛イベントなのだ。


「お姉ちゃん、ちゃんとお弁当作ってきた?」


 誰よりも燃えているのは、やっぱりこの人。略奪大好き、我が妹ルビアである。


 私のラブラブ手作り弁当をジグリッド王子たちに食べさせ、愛が実ったところを略奪しようと考えているのだろう。でも、詰めが甘い。


 ルビアと結びつくような、都合のいい愛情をたっぷりとこめておいたわ! これでルビアの逆ハールートは間違いなしよ。


 アルヴィだけは渡さないけれど!


「心配しなくてもいいわ。ポーラに教えてもらいながら、徹夜して作ってきたもの」


 正直、めちゃくちゃ眠い。遠征地まで歩くことを考えると、ちょっとナイーブになってしまう。


 これから長距離を歩くようなコンディションじゃないから。


 なお、貴族令嬢で手作り弁当を作ったのは、私ただ一人。他の班の人は深夜三時にメイドが起きてきて、とてもおいしそうなお弁当を用意してもらっていた。


 不正はとてもずるい。私も不正して、良い評価をされたかった。


 ……比較されては困るので、絶対にみんなと離れて食事をしようと思う。


「じゃあ、大丈夫そうだね。基本的に私は騎士団の人と行動するから……、心が折れそうになったら、助けを求めに行くね……」


「人見知りがやる仕事じゃないわ。どうして治療師として同行しようと思ったのよ」


「私だって、頑張ってるんだもん……」


「拗ねなくてもいいじゃないの。ほら、よしよし。後でみんなに甘えに来るのよ」


 でも、略奪はしないで。暇な時間を見計らって、ちゃんとジグリッド王子とグレンにアタックして落とすのよ。


 寂しそうなルビアがあまりにも可哀想だったので、騎士団の部隊まで送り届けてあげることにした。すると、騎士団遠征の隊長らしき人物が見知った顔であることに気づく。


「……フッ」


 アルヴィの兄、サウルである。こういう笑い方をするときは、私の行動が奥さんと被っている時であり、とてもモヤモヤしてしまう。


「サウルも一緒だったのね」


「大勢の貴族が相手の場合、同じ貴族の人間が指揮を執るんだ。何か問題が起きたとしても、解決しやすくなるからな」


 確かに、伯爵家の長男であるサウルだったら、余程のことがない限りは大丈夫だろう。今回の治療師は公爵家のルビアだし、万が一の場合はジグリッド王子に仲裁してもらえばいい。


「よかったわね、ルビア。知り合いのお兄様が同行してくれて」


「……う、うん」


 急にしおらしくなるルビアは、人見知り属性を発動させている。


 アルヴィとは仲がいいんだから、サウルとも普通に話せばいいのに。


 でも、ここはサウルに任せておけば大丈夫。周りの騎士を見ても、治療院に来てくれている常連さんが多いから、ルビアもすぐに打ち解けられるはず。


 そう思っていると、うーん、とサウルが唸り始めた。


「妹は嫁に似てないんだよな。どうしてグレンが言うことを聞いていたのか、よくわからない。でも、今グレンが惚れ――」


「ちょっと待って! 本人たちはまだ気づいてないから!」


「マジかよ……。気づくとか気づかないとか、そういう問題でもないような気がするぞ」


「聞いてよ。お姉ちゃん、すごい鈍感なんだもん」


 私とグレンの話で盛り上がろうとする二人を見て、さすがに察した。人見知りと思わせてからの急激なアプローチという、ルビアの恋愛テクニックの一つだったのだと。


 騎士が興味を抱きやすい剣術大会の話で距離を詰めるなんて、さすが主人公のルビアね。やっぱりアルヴィと私がくっつくのを待って、略奪しようとしているのかしら。


 でも、残念だったわね。剣術大会の練習で、私はすでにサウルと友好関係を築いているの。絶対に略奪されないためにも、外堀はしっかりと埋めているわ。


 肝心のアルヴィとも、いい感じの雰囲気があるもの。


 せっかくだし、この遠足でアルヴィとの距離が縮められたらいいなーと思いながら、この場を後にするのだった。


 ***


 騎士団遠征が始まると、各班のペースで歩き進めるため、早くもバラバラになっていた。


 意気揚々と先頭を進む班、楽しく話ながら進む班、不機嫌そうに歩く班。当然、普段はメイドや執事がいる貴族たちにとって、自分で自分の荷物を運ばなければならない状況をよく思っていない。


 我が儘な生活を過ごしてきた貴族ほど、性格の悪さが滲み出ていた。


「どうしてわたくしがこんなものを持たなくてはなりませんの!?」

「騎士は貴族のために働くものだろ!」

「休憩がないとか正気とは思えませんね」


 出発するときに遠足だと騒いでいても、一時間も過ぎれば態度は変わる。しかし、街を出れば甘えにしかならない。


「騎士団遠征を遊びと勘違いしていたのか? 死にたいなら置いていくぞ」


 我が儘な貴族に構っていられないのか、サウルは厳しく接していた。


 学園を卒業すれば、大人として判断されるため、騎士や冒険者の重要性を知っておかなければならない。あくまでこれは、学園教育の一環なのだ。


 当然、同じ貴族であっても、みんなが文句を言っているわけではない。嫌悪感を抱き、渋い表情をしている人も多いので、まともな貴族たちも多いだろう。


「もう少し貴族の教育を考えないといけないな。情けない連中だ」


 一国の王子であるジグリッド王子は、この光景に大きくため息を吐いた。


 先祖が優秀だったとしても、その地位に溺れているようでは、国の未来が危ぶまれる。真面目な性格ゆえに、悪い意味で貴族らしい行為が許せないんだろう。


 運動が大嫌いな貴族は体育をサボるから、体力もない。不満を口にして騒ぐくらいなら、黙々と歩いたらいいのに。


「まだ始まって一時間しか経っていないわ。どうするつもりなのかしら」


「話せる元気があるうちは大丈夫さ。厳しく接した方が国のためになる」


「言えてるかもしれないわね。アルヴィは大丈夫?」


「まだ余裕はありますよ」


「そう。厳しそうなら少し持つわよ」


「いえ、大丈夫です。さすがに女性の手は借りられませんよ」


 汗をかきながら頑張るアルヴィを見て、早くも遠足に来てよかったと痛感する。


 アルヴィ……。空腹状態のだらしない私を見ても、ハッキリ女性と言いきってくれるのね。やっぱりそういう目で見てくれているんだわ。


 今度こそ私たちの仲が進展しそうな気がしてきたもの。


 なお、騎士団に所属するグレンは余裕があるみたいで、こっちを何度かチラチラ見て警戒してくれていた。


 本当にグレンは仕事熱心になったわね。こんなときでも目を光らせて護衛してくれるなんて。


「グレン。外出しているんだし、私ばかりではなくて、ジグリッド王子も気にかけてあげてね」


「……フンッ」


 顔を赤くしてそっぽを向いてしまうのは、ジグリッド王子に対する照れだろう。構ってほしくて堪らないのに、素直になれないワンちゃんみたいな子だから。


 はぁ~、いいわね。押しに囲まれる遠足って。


 早くも幸せモード全開の私は、ルンルン気分で歩いていく。早くごはんの時間にならないかなーと思いながら。

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