第68話:黒田、アルヴィと良い雰囲気になる

 体育館倉庫に閉じ込められた私とアルヴィは、二人で仲良くマットの上に座っていた。


 少し距離を取っているのは、体育で汗をかいたばかりだからである。


「どうしてアルヴィが倉庫の中にいたの? 今日は日直じゃないでしょう?」

 

「体育の授業で日直が怪我をしたので、代理で片付けをしていました。そうしたら、閉じ込められてしまったみたいで」


 苦笑いを浮かべるアルヴィには悪いけれど、正直私はホッとしていた。


 一人で閉じ込められるのは嫌だし、変な人と閉じ込められていたら、無事では済まなかったかもしれない。剣術大会で優勝したとはいえ、力だけなら男子には勝てないから。


 仮に何もなかったとしても、男女二人が密室空間で過ごしたとなれば、変な噂が流れる可能性もある。私はアルヴィとだったら、変な噂が流れても……えへへ。


「すいません。ご迷惑をおかけしたみたいで」


 いけない。本人を前にして妄想するべきではなかった。今は非常事態なんだし、完璧なパーフェクトクロエでいかないと。


「ううん。彼女たちに恨まれていたのは、私だもの。こちらこそ申し訳ないわ」


 まさか閉じ込めた本人たちも、アルヴィと一緒だとは思っていないだろう。ちょっと懲らしめるつもりが、ご褒美を与えることになるなんてね。


 ……お腹が空いていなければ、嬉しいイベントだった。突発的な貴族令嬢の嫉妬なんて、命に関わるようなものではないから。


 だって、体育の授業が始まれば、絶対に救出されるんだもの。窓は人が通れるような大きさではないから、自力では出られないけれど。


「どちらにしても、誰かが近くを通るまでは出られませんね」


「午後に体育の授業があると思うし、昼休みが終わるまでの辛抱よね。アルヴィと私がいないとなれば、体育倉庫だと気づいてくれる人もいると思うわ」


「そうでしょうか。普通は体育倉庫に閉じ込められませんし、先に誘拐の可能性を探るでしょう。どなたのイタズラかわかりませんが、最悪は貴族の地位を剥奪されるかもしれません」


「大袈裟ね。私は謹慎処分が妥当だと思うわ。イタズラのレベルだし、そこまではいかないわよ」


 そもそも、聞いたことがない声だったし、目撃者もいないと思う。過激な行動を取るような人だったら別だけれど、自首するわけでもないし、犯人が見つかるとは思えない。


 しかし、私の考えが甘いのか、アルヴィは真剣な表情をしていた。


「僕だけだったら、謹慎処分で終わる可能性が高いです。でも、クロエ様が一緒だと難しいでしょう」


「いくら公爵家でも、そこまでの力はないと思うわ」


「公爵家だからではなく、クロエ様だから、ですね」


 私はアルヴィの言い分が理解できず、首を傾げた。


 公爵家とクロエ個人を比較した際、明らかに前者の方が有力だと思う。でも、アルヴィの考えは違うみたいだ。


「剣術大会で優勝するほど武芸に長けていて、希少な聖魔法で治療師として活躍する人を陥れようとしたら、国が動きますよ。例えるなら、王族の誘拐事件に匹敵するほどの騒ぎになりますね」


 ……えっ? そんな大騒ぎになるの? と思う部分もあるが、聖魔法の価値が高いのは事実だ。


 魔法が使えなくなった王妃様も、私とルビアの聖魔法は国家を支える生命線になると考えているはず。行方不明だとわかれば、騎士団を動かしてもおかしくはない。


「私、そんなに評価されていたのね……」


 本来であれば、認められて嬉しいという感情が芽生えるだろう。しかし、私は違った。


 ルビアは大丈夫かしら。完璧すぎる当て馬を目指していたけれど、やり過ぎた感じがするもの。逆ハールートを目指す大きな障害にならないことを願うばかりだわ。


「目の前のことに一生懸命取り組むクロエ様は、周りの人々を惹き付けるんだと思います。剣術大会で戦った時間は僅かでも、あれほど多くの観客を魅了してしまったのですから」


「今年の剣術大会は詰まらなそうだったわよ。決勝戦が終わってからしか歓声が上がらなかったもの」


 あの場所でグレンを説得していなかったら、きっと観客の歓声がないまま終わっていたに違いない。それだけ、見ごたえのない試合をしていたのだ。


「ふふっ。自分では気づいていないんですね。ルビア様の言う通り、鈍感な部分があるのかもしれません」


「どういう意味?」


「今年の剣術大会は、歴史に残ると言われるほど称賛されています。歓声がなかったのではなくて、言葉を失っていただけですよ」


 アルヴィの言葉を聞いて、私は冷静に考えた。そして、たった一つの答えにたどり着く。


 そんなはずはない、と。


 だって、何回も試合したのに、毎回言葉を失うっておかしいもの。せめて、入場の時くらいは声をかけてくれるはずだわ。


 つまり、これはアルヴィの優しさよ。こんな場所に閉じ込められているから、私の心を癒そうとしてくれているのね。


 もう、本当にアルヴィは優しいんだから~。


「じゃあ、アルヴィはどう思ったの?」


 思わず、更なる優しさを求めて、私はアルヴィを見つめた。


「言葉にできないくらい綺麗でしたよ」


 見つめ返してくれるアルヴィは、まっすぐ私の目を見てくれている。


 二人だけの空間でこんな素敵な雰囲気になったら、もうそういうことよね。本当にアルヴィは私のことが好きなんだわ。


 それなら、このまま流されても……いいよね。体育終わりで汗をかいていたとしても、きっと受け入れてくれるはず。


「アルヴィ、私ね――」


『ぐぅ~』


 突然、時間を止める魔法が解き放たれ、とても良い雰囲気が壊されてしまった。なぜ見つめ合っているのかわからないと感じるのは、仕方のないことだろう。


 しかし、一つだけ言いたい。これは、黒田の仕業ではない!


「すいません、お腹が空いてしまいまして」


 まさかのアルヴィである!! 黒田だって、ずっと我慢していたのに!!


 でも、お腹がなるのは生理現象の一つだし……、もう我慢しなくてもいいわよね。ずっと呼吸を浅くして、お腹がならないように頑張っていたんだもの。


『ゴォォォォォ』


 昔から黒田はそうだったわ。地鳴りみたいなお腹の音がなるのよ。


 どうしてアルヴィの方が可愛い音なのかな。現実って残酷よね。


「お願い。聞かなかったことにしてほしいの」


「大丈夫です。気持ちはわかりますから」


「アルヴィはいいわね。お腹の音が可愛くならせて。何かコツでもあるの?」


「自然になるものなので、自分でどうにかできるものではありません。コントロールできるなら、我慢しましたからね」


 とても説得力のある言葉に納得すると、なんとなくルビアの顔が浮かんできた。


 こんなところを見られていたら、なんか怒られそうだもの。また恋愛音痴って言われそうだし……、本当に恋愛って難しいわね。

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