第67話:ジグリッド、ルビアの正体を暴く

 ――ジグリッド王子視点――


 いつもと同じように食堂で、ルビア嬢とグレンの三人で昼ごはんを食べ終わると、血相を変えてクロエ嬢のメイドが走ってきた。


「ルビアお嬢様、少しよろしいでしょうか?」


「どうしたの?」


 耳を貸したルビア嬢は、メイドから話を聞くと豹変する。その驚愕の表情を見れば、誰でも何かあったと悟るほどに。


「どうしよう、グレンくん。お姉ちゃんが……いなくなっちゃったみたいなの」


「どういうことだ?」


 重々しい雰囲気になり、クロエ嬢のメイドに視線が集まった。


「いつも屋上で昼休みを過ごすのですが、いつまで経ってもやってこなくて……。仲良くさせていただいているアルヴィ様の姿もないので、ルビアお嬢様たちとご一緒なのかと思ったのですが」


 ゴクリッと喉がなるほどの緊張が走る。


 二人の身に何かが起こった、そう考えれば、必然的に一つの答えにたどり着くから。


「誘拐の可能性が高いな。学園の周りは騎士が警備しているし、まだ敷地内にいるんじゃないか?」


 俺の言葉を聞いて、グレンが走り出す。


「あ、あの、私も思い当たる場所を探してきます!」


 一礼をした後、クロエ嬢のメイドが去っていた。その背中を見送ると、ルビア嬢がニヤリと笑う。


「うまくいったみたいだね」


 これが彼女の計画だということは、俺以外に知らない。それゆえに、大事にならないか心配だ。


「メイドには知らせてもよかったんじゃないか?」


「ダメだよ。お姉ちゃんに気づかれるもん。ジグリッドくんも賛成したんだから、最後まで付き合ってよね」


 最近のルビア嬢は、どうも様子がおかしいと言わざるを得ない。今回の件もそうだ。急にこんな話を持ち掛けてきたんだ。


『ねえ、グレンくんはお姉ちゃんの騎士であるべきだよね。本人にしっかりと自覚させるべきなんじゃないかな』


 何が目的なのかわからないが、彼女の本質を探り出すためにも、俺はこの話に乗った。余計な世話かもしれないが、グレンにとってもいい機会になる。


 剣術大会の決勝の舞台で、グレンはクロエ嬢の騎士にされたのだから。


 主が持つ剣を差し出し、生涯この剣で守れ、という意味を込めて手渡す『忠義の儀』。騎士団長に昇格する際に必ず行う儀式なのだが、まさか彼女が知っているとは。


 やっぱりクロエ嬢には敵わない。血相を変えて探しに行ったグレンには悪いと思うが……、騎士の自覚が出てきた証拠だと思う。


「で、いつの間にアルヴィまで巻き込む計画に変わったんだ?」


「偶然だよ。そんなつもりはなかったんだもん。でも、思春期の男女が二人きりで閉じ込められたら、恋の発展があるかもしれないね」


 状況が状況なだけに、なかなか難しいだろう。……たぶん。いや、俺はアルヴィを信じる。……信じたい。


「意外にアルヴィくんは積極的だから、良い話を期待してもいいかも」


「その分、フォローは難しくなったがな」


 危害を加えないとはいえ、変な噂が広がらないようにしなければならない。交流関係が狭いクロエ嬢やグレンならともかく、父親の仕事で色々な場所に顔を出すアルヴィの口を塞ぐのは難しいところだ。


 最悪、素直に謝った方がいいかもしれない。不穏な動きを見せるルビア嬢のことを伝えれば、アルヴィもわかってくれるだろう。


 今もそうだ。目を細めてニヤけ顔を浮かべ、俺の顔を覗き込んでくる。


「あれ? もしかして、嫉妬しちゃった? お姉ちゃんを独り占めできなくて、怒っちゃったとか?」


「そういうわけでは……」


「ダメだよ。お姉ちゃんは独り占めできないの。男一人で支えられるほど、小さな女じゃない。逆ハーくらいがちょうどいいんだよ」


 クロエ嬢が別格の存在だというのは、誰もが認めることだろう。学園に入学してからというもの、才女という枠からも逸脱して、更なる高みへと昇っている。


 ただ、逆ハーレムはどうなんだろうか。クロエ嬢、そういう趣味があったのかな。


 ルビア嬢の言う通り、彼女の人としての器が大きすぎる影響もあるなら、仕方ないことも……うーん……。


「心配しないで。ジグリッドくんにもチャンスは巡ってくるから」


「嫉妬しているわけではない。やり過ぎな行為だったんじゃないかと反省しているだけだ」


「仕方ないよ。お姉ちゃんは極度の恋愛音痴なんだもん。グレンくんも鈍そうだし、これくらいはやらないと前に進まないから」


 グレンは恋愛対象じゃなくて、クロエ嬢の騎士だろう。愛と忠義はまた別物で……まいったな、そういうことか。


 裏表があると思ってルビア嬢に探りをいれていたが、まさか姉の恋愛を異常に応援していただけだったとは。


 完璧すぎるクロエ嬢の姿を間近で見続けて、彼女は心酔してしまったんだろう。誰にもなし得ないことをやってのけるクロエ嬢は、カリスマ性がある。


 双子の妹すら魅了してしまうほどに。


「本当にお姉ちゃんは世話が焼けるんだから。ふふふ……」


 そんな彼女に守られ続けてきたルビア嬢は、強く後悔しているのかもしれない。今まで自分が縛り付けてきただけで、本当の姉は次元が違うことに気づいたから。


 罪滅ぼしみたいなものかな。クロエ嬢の支えになりたいんだろう。


 今はクロエ嬢が苦手な恋愛の世話をすることで、強い生き甲斐を感じ始めているんだ。


「あまりクロエ嬢に干渉しすぎない方がいい。彼女が誰を選ぶのかは、彼女自信が決めることだ」


 その証拠に、恋愛のことを口に出すと、ルビア嬢の目の色が変わる。


「ジグリッドくんはお姉ちゃんに恋してるんだよね? お姉ちゃんが好きなんだよね? お姉ちゃんを愛しているんだよね?」


「あ、あまり圧力をかけないでくれ」


「あぁー……ごめんね。お姉ちゃんのことになると、ちょっと自分を見失う癖がついちゃって」


 ちょっとどころではないだろう。復讐に取りつかれて闇落ちする人はいるが……、ルビア嬢は謎の方向に闇落ちてしまったみたいだ。


 絶対に恋愛関係にならないと許さない、愛の闇落ちキューピッド、ってところだろうか。


「頑張ってよね、お姉ちゃん。逆ハーレムが可能だって、私に証明してほしいの。ふふふ、人の三倍は幸せにしてあげるからね」


 鈍感なグレンは放っておいても問題なさそうだが、早くアルヴィを捕まえて、事情を説明した方が良さそうだ。


 怒りはしないと思うし……何もしてないよな? アルヴィ……信じてるぞ。

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