第65話:黒田、ルベルト先生の罠にはまる
学園が終わり、ルベルト治療院で仕事をしていると、ジグリッド王子がやってきた。
「今日は随分と混んでるんだな」
一国の王子が常連客というのも不思議なものである。
「気のせいだといいのだけれど、騎士の患者さんが急増した気がするわ」
「剣術大会の優勝者が気になるんだろう。一週間もすれば収まるさ」
心からそうあってほしいと思うのは、学園から治療院にやって来るだけでも、何回も街の人に声をかけられたからだ。
念のため、グレンに護衛をお願いしておいて本当によかったわ。
今は傷口を見過ぎてグロッキーなルビアと一緒に、休憩室にいるけれど。
「しばらくは騎士団との訓練を控え目にしてもらえると助かるわね。これでも王族の治療は神経を使うのよ」
正確にいえば、推しの治療は神経を使う、である。
「どこかの剣姫に剣も魔法も劣っているようでは、一国の王子として情けない。まあ、お祝いくらいはしておくよ」
そう言いながら、ジグリッド王子は白くて四角い箱を手渡してくれた。
見た目・重さ・大きさ、そして、ジグリッド王子の性格を考慮した結果、ショートケーキのホールケーキだと推測する。
「剣姫とは呼ばれても困るけれど、お祝いなら受け取っておくわ」
何気ない顔で机に置くが、内心では黒田が昇天しそうになるくらい嬉しかった。
前回は暗殺者襲撃事件でダメにしちゃったから、今回は意地でも食べるわ。推しのプレゼントは、絶対に無駄にしないって決めたの。
「今度は食べられるといいな」
「……やっぱり怒ってるの? せっかく買ってくれたショートケーキだものね。許してもらえるまでちゃんと謝るわ。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいなの」
「いや、怒っていない。冗談みたいなものだ」
「食べ物の恨みは恐ろしいのよ。無駄にしてしまった私が悪いのだし、本当にごめんなさい」
「待ってくれ、クロエ嬢。スイーツのことになるとキャラが変わりすぎだ」
しまった。ケーキのことを考えると、どうにも黒田が出てきてしまう。
「……人からもらったものは大切にしたいだけよ」
「そ、そういうことにしておくよ」
苦笑いを浮かべたジグリッド王子の治療が終わると、入れ替わりで休憩していたルベルト先生がやってくる。
「おっ、こんなところに
「ぶっ飛ばしますよ、ルベルト先生」
最終兵器黒田のオーラを乗せて、渾身の低い声で威圧した。
私のケーキを略奪しようとするとは、良い度胸ですね。推しからもらったものとなれば、黒田の逆鱗に触れてしまいますよ。
「クロエくん。剣術大会で優勝した人が、そんな冗談を言ってはいけないよ」
「ご心配には及びません。現実にできるんだと気づきまして、本気で言っています」
「……諦めよう」
賢明な判断ですね。ふんすっ! と鼻息を鳴らして威嚇した。諦めたと見せて食べる、という汚い作戦を阻止するためである。
これにはルベルト先生も、ケーキの箱と距離を取った。
「それはそうと、一つお願いを聞いてもらってもいいかな」
「ごめんなさい」
「クロエくん、最近妙に冷たくない?」
「いつもいじってくるからですよ」
正直、自分でもルベルト先生に強く当たり過ぎていると思うところはある。
一応、私に回復魔法を教えてくれた人であり、感謝をしているのだ。……一応。
「よく思い出してほしいんだ。昨日のこと、僕はまだいじっていない」
「まだ、とはなんですか。タイミングを計ってるだけですよね」
「バレたか。でも、お願いを聞くだけでも聞いてほしいんだ。トリスタン王国からの依頼だからね」
ここは国が運営している治療院だし、そういう依頼が来てもおかしくはないけれど……、珍しいわね。ジグリッド王子が何も言わなかったのは、聞かされてなかったのかしら。
「近々、魔法学園で騎士団遠征があると思うんだ。貴族に何かあるといけないから、そこに治療師が同行することになっている。本来であれば、僕が参加するんだけど、代わりにクロエくんにお願いできないかなって思ってね」
なるほど。ルベルト先生宛の依頼を、私にお願いしたいのね。こういう依頼が来る時点で、やっぱりルベルト先生はエリートで間違いないわ。
「別に構いませんが、理由を聞いてもいいですか?」
「今も我慢しているんだけど、僕の性格上、絶対にいじりたくなってしまうんだ。下手な貴族をいじると揉めてしまうし、本気で悩んでいてね」
深刻な表情でため息を吐くルベルト先生を見て、本当にエリートか疑いたくなってしまう。
「悩みのレベルが小学生男子みたいですね」
「僕もまだまだ若いってことかな?」
「そういうところが貴族受けしないんだと思います。あと、忘れていると思いますが、私も公爵家ですよ?」
「大丈夫。そこは忘れていないよ」
間違いなく問題になるわね。ルベルト先生は絶対に連れていっちゃダメだわ。騎士団遠征がめちゃくちゃになる。
でも……私も騎士団遠征は楽しみたいのよね。ルビアの恋愛イベントも気になるし、アルヴィと……な、何かあるのかしもしれないし?
いや、別に期待していないのだけれど。ちょっと意識しているだけであって。
「当然、タダでお願いしようとは思っていないよ。南地区にある『スイーツポット』っていう店の『壺プリン』でどうだろうか」
衝撃的な言葉を叩き込まれて、私の思考回路は停止する。
壺プリン……? 手のひらサイズの小さな壺にプリンを寝かせ、旨味を凝縮したと言われる伝説のスイーツ。二年先まで予約が埋まっていて、原作のルビアでも買えなかった、あの壺プリンのことを言っているの?
それはずるいわ。でも、アルヴィと進展するかもしれないし……。
「引き受けましょう。貴族たちの命を守るのも、治療師の仕事ですので」
千載一遇の恋のチャンスを捨て、千載一遇の壺プリンを手にする黒田なのであった。
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