第64話:黒田、無駄にモテる
何よりも正確な黒田の腹時計がなる頃、午前の授業が終わって昼休みになった。
早く昼ごはんにありつきたい黒田を押し殺して、私は優雅に教科書を机にしまう。
良くも悪くも剣術大会で注目されているなかで、変な行動はできない。再びクロエムーブを強く意識して過ごすことが重要である。
クールな表情で席を立ち、教室を離れて屋上へ向かおうとすると、知らない男子生徒が現れた。
「あの、お付き合いをされている方はいらっしゃいますか?」
突然、愛の告白イベント的な雰囲気になり、クラスメイトたちから無駄に注目を浴びてしまう。
これは剣術大会の影響で言い寄ってきた雑魚モブに違いない。クロエは公爵家だし、当たって砕けろの精神で近づいてきたのだろう。
三十年間もモテなかった私に声をかけるなんて、ミーハー以外の何者でもないわ。ましてや、黒田の昼ごはんを邪魔するなど、言語道断。早々に決着をつける必要がある。
「ごめんなさい。興味がないの」
キリッとした表情を作り上げた私は、声を低くして言い放った。
話し合う気持ちや慰める気持ちが一切ないため、そのままスーッと通り過ぎて、教室を離れていく。
が、しかし! 次は見知らぬ女性生徒が現れた。
「あ、あの! 握手してもらってもいいですか!」
この子も随分とミーハーなのね。女の子同士なんだし、顔を赤くしてまで頼むものではないと思うんだけれど。
うーん、と少し悩んでいると、廊下に大勢の生徒たちがいることに気づく。
ここで握手をしてしまったら、握手会が始まるに違いない。昼ごはんが遅れるなんて、言語道断である。
「ごめんなさい。受け付けていないわ」
「キャーッ! 断られちゃった! カッコイイ……」
私、何を求められているのかしら。クロエはそういうキャラではあるものの、本来なら嫌われるはずよ。
それなのに、どうして廊下の生徒たちは期待の眼差しで見てくるのだろうか。
冷たい態度を取っているんだし、邪魔をしないでほしいわ。ごはんの時間を邪魔されることが一番嫌なんだから!
「サインを書い――」
「書きません」
「剣術を教え――」
「教えません」
「一緒にごはんでも――」
「食べません」
ミーハーギャラリーたちを一刀両断しながら進み、ようやく屋上へとたどり着くと、いくつもの封筒を抱えるポーラが待っていた。
「クロエお嬢様、縁談の話が約三十件来ております」
ズコーッと転びそうになってしまうのも、無理はない。唐突にモテ期がやってきて、戸惑いを隠しきれそうになかった。
剣術大会に優勝したとはいえ、私は貴族令嬢よ。お淑やかなで清楚な女の子の方がモテるはずなのに、どうしてこんなことになっているのよ。
前世と今世のモテ期が合体して現れたのかしら。略奪愛属性の妹を持つ身にもなってほしいわ。
「全部断ってちょうだい」
「確認しなくてもよろしいのですか?」
正直、ちょっとくらいは見たい。顔写真だけでいいからチェックして、優越感に浸りたいもの。
でも、アルヴィが来ちゃったのよ……。私の部屋に置いてくれていたら、ニヤニヤして眺めたのに。
「昨日の一件だけで縁談を持ってくるような人と、一緒になりたくないわ」
しかし、絶対にただでは転ばないのが、黒田という女である。さりげなく、仲の良いアルヴィの縁談は受け入れます、という意思を表してみた。
「剣術大会の影響は大きいですからね。武家出身の貴族たちには、魅力的に映ったのでしょう」
なお、効果は見られない。冷静に解析されてしまう。
元々ジグリッド王子もアルヴィも応援してくれていたし、それだけでも嬉しかったからいいのだけれど。
私はモテ期なんていらないの。推しと一緒にいられる時間が幸せだから。
さあ、久しぶりのサンドウィッチを楽しみましょう。ポーラのタマゴサンドは格別なのよ!
縁談の手紙よりも食に興味が移った私は、ササッと座ってタマゴサンドを頬張る。
「でも、昨日のクロエ様はカッコよかったですし、縁談を送りたくなる気持ちもわかります。可愛らしい衣装とのギャップもあって、見入ってしまいましたね」
フゴアッ! と呼吸ができなくなるのは、アルヴィの言葉で喉にタマゴサンドが詰まったからだ。お茶をゴクゴクと飲んで流し込むと、信じられない光景を目の当たりにする。
昨日の私の姿を思い出しているのか、アルヴィがポワポワとして、顔が赤い。ルビアに恋愛音痴と言われているが、さすがの私も気づいてしまう。
ま、まさか、これは本当にアリなのではないでしょうか。恋愛フラグが立っているような気がしますよ。
もしかして、アルヴィは私のことが……す、す、す……。
「好き……なサンドウィッチの具材を聞いてもいいかしら?」
バカ~~~! 黒田のヘタレーーー!!
あげるつもりもないのに、そんなことを聞いてどうするのよ!
「えーっと、比較的に何でも食べますよ。そういえば、もうそろそろ騎士団遠征の時期でしたね……」
しかし、なぜかアルヴィの顔がますます赤くなってしまった。何か引っかかるような気持ちになったので、原作を思い出してみる。
剣術大会が終わった後、学園の一年生は遠足イベントがあるはず。活発化する魔物を討伐するため、騎士団が前線基地で立ち向かうのだが、そこに物資を届けるお使いみたいなものだ。
騎士の仕事を疑似体験する遠足、といった方が正しいのかもしれない。
「騎士団遠征は一日中歩くことになるのよね。体力のない子はきつくなりそうだわ。でも、外でごはんを食べられる良い機会で……」
ズガガーン! と雷でも落ちたかのよう衝撃が走り、私はハッと気づいた。
急にアルヴィの目が右往左往に動き始めたのも、同じことを考えている可能性が高い。
魔法学園の遠足、それは縁結びの神様が見守るとされる恋愛イベントなのだ。
愛を込めた手作り弁当を異性と一緒に食べると、二人は結ばれるという伝説がある。身分の違う二人の男女が幸せな結婚をしたこともあり、本当に縁結びの神様が存在するのでは? と言われているほどガチだった。
当然、そんな伝説があれば、女子たちは燃える。何とか二人きりで食事ができるようにと、料理を勉強する子も多いわけであって……。
「ふ、深い意味はなかったのよ。私、料理できないもの」
残念なことに、黒田は食べる専門である。恋愛音痴以上に、料理音痴であった。
そして、原作でもルビアとクロエは料理音痴なので、この噂自体が物語には干渉しない。だから、私もなかなか思い出さなかった。
「そ、そうですよね。ぼ、僕は気にしてませんよ?」
明らかに同じことを考えていたであろうアルヴィと私は、互いに顔を赤くしている。何とか誤魔化そうとポーラに助け船を出してもらおうと思ったのだが……。
あれ? いつの間にかポーラがいないわ! 変なところで気を利かせなくていいのよ、もう!
どうしよう、気まずくなってきた。そんなつもりはなかったのだけれど、偶然にもアルヴィにサンドウィッチの話を振ってしまっている。
これじゃあ、遠足で一緒にごはんを食べたいと言っているようなものじゃない。
どうしよう。アルヴィ、意識してる……のかしら。
「げ、月蝕も時期が重なるそうですよ」
「へ、へえ。そうなの? た、楽しみね」
こうして、私たちは過去一番ぎこちない昼ごはんを食べるのだった。
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