第61話:黒田、台詞をパクる

 順調に勝ち進んだ私は、決勝の舞台に立つ前に、シュークリームを味わっていた。


 ブリンシュおじさんと仲良くしておいて正解だったわ。まさか差し入れのシュークリームを持ってきてくれるなんてね。ナイスタイミングよ。


 やっぱり試合前には甘いものを食べないと、集中力が持続しないんだもの。


 こんな状態でも呑気に食べられるのは、全幅の信頼を寄せるポーラがいてくれるからである。


 シュークリームでゴスロリ衣装を汚さないように、厳しくチェックしてくれていた。


「クロエお嬢様。ご実家で剣を触った経験などありましたか?」


「昔のことはあまり覚えていないわ。でもね、人間やれば何でもできるのよ」


 正直、私もクロエの身体能力の高さには驚いている。瞬発力・視野・動体視力など……、あらゆることで黒田を遥かに上回り、集中すればするほど体のキレが増す。


 ルビアの方が運動神経がいいと思っていたけれど、体がうまく使えていなかっただけなのね。剣道の動きがわかるだけで、ここまで変わると思わなかったから。


 もはや、秘密兵器どころの騒ぎではなく、最終兵器と言っても過言ではないだろう。短期間で進化した黒田の力を、決勝で解放しようと思う。


 そんなことを考えながらシュークリームを食べていると、決勝に勝ち上がってきたグレンとルビアがやって来た。


 コッソリとシュークリームを食べているとバレたらややこしくなるので、急いで口の中に放り込む。


「本当に決勝まで来たんだな」


ぽーぺんぱぱい当然じゃない


「クロエお嬢様。口の中のシュークリームを食べてから話してください」


 さすがに誤魔化しがきかなかった。


 どうしよう、ルビアに内緒でシュークリームを食べていることがバレたわ。あと一つだけシュークリームは残っているけれど、試合後のご褒美に取っておきたいのに!


 お願い、ルビア! 今日だけはシュークリームを独り占めさせて!!


「私はグレンくんにちゃんと言っておいたんだけどね。お姉ちゃんは決勝に上がってくるから、試合を見に行こうって。でも、グレンくんは変なところで頑固だから、言うこと聞かないんだもん」


 奇跡的に思いが通じたのか、ルビアはシュークリームのことを問いただそうとしなかった。


 もしかしたら、グレンに夢中で気づいていないのもしれない。こんなラッキーなことは滅多にないので、ちょっとばかり二人の様子を見守ろうと思う。


 正確にいえば、ブリンシュおじさんのシュークリームは、片方のカスタードクリームがアイス化しているので、冷たくて一気に食べられない。


 よって、物理的に口が挟めなかった。


「戦場で知り合いと出会う機会などない。戦い方を見るのはナンセンスだ」


「そんなことを言ってるから、お姉ちゃんに負けちゃうんだよ?」


「俺は負けん」


「グレンくんの応援はするけど、お姉ちゃんが勝つことだけは譲らないからね」


「どっちの味方なんだよ」


 私の存在が薄すぎたのか、グレンとルビアが痴話喧嘩をしながら、選手入場口まで歩いていった。


 いつの間にか二人は随分と仲良くなったのね。略奪愛システムが起動しているのか、原作より親しい雰囲気なんだもの。


 これはグレンに完全勝利して、二人の愛を急速に育ませるべきだわ。決勝で敗れたグレンが向かう先は、ルビアの元だから。


 男泣きしたグレンを慰めるルビアの姿が見れなくて残念だけれど、うまくやるのよ。


 その前にはまず、私がしっかりする必要がある。


「クロエお嬢様。こちら、おしぼりです」


ふん、ふぁいふぁとううん、ありがとう


 手がカスタードクリームでベタベタになっていることをキッチリとポーラに見抜かれていたので、おしぼりで綺麗にふき取り、代わりに剣を手にする。


 これが黒田の未練を断ち切る最後の試合。でも、いまだに声援の一つももらっていなくて、少し寂しい。


「じゃあ、行ってくるけれど……、なんか今日の剣術大会、盛り上がってないわよね」


 ゲーム内の剣術大会といえば、それはもう、大いに盛り上がっていたのである。


 特にジグリッド王子とグレンの決勝戦に至っては、戦う前から二人の名前を呼ぶ声で観客が埋め尽くされていたのだけれど、現実はシーンと静まり返っていた。


「私は試合を見ていないのでわかりかねますが、妙に静かな印象はあります。失礼ながら、クロエお嬢様の試合はかなり静かかと」


「もしかして、不正を疑われているのかしら。私ね、ちゃんと正々堂々と戦って勝ってるのよ?」


「メイドの私は疑っておりませんが、観客の皆さんが疑う可能性はありますね。もし何かあったとしても、王妃様がその疑いを晴らしてくれるでしょうし、心配はありません」


「うーん……それもそうね。でも不安だから、ポーラはここで待っててほしいの。優勝しても歓声がなかったら、ちょっと一人では耐え切れないもの」


「わかりました。この場所でクロエお嬢様をお待ちしております」


 やっぱり持つべきものはポーラね、と思いながら、決勝の舞台へと向かっていく。


 大勢の観客が見えてくると、予想通りというべきか、決勝も静かで不気味な雰囲気だった。


 普通に勝ち上がってきたにもかかわらず、私を見つめる視線が変なのよね。きっとみんなこう思っているわ。


 なんで決勝の舞台にゴスロリ女がいるんだろう、って。


 間違ってもゴスロリに罪はないのよ。剣術大会では場違いであり、全然マッチしていないっていうだけで。


 舞台に上がると、すでに準備していたグレンと向かい合った。審判の人が顔色をうかがってくるので、私たちは互いに頷き合う。


「これより、決勝戦を始める」


 審判の声が会場に響き渡ると、私とグレンは剣を構える。


 程よい緊張感に身を包む私とは違い、グレンは眉をひそめると、気を落とされるように一歩だけ足を引いた。


 秘密兵器から最終兵器に進化した黒田の構えは、とてつもないオーラを放っているのだろう。剣を構えただけで感じる黒田の圧力に負けて、委縮したのは間違いない。


 それゆえに、冷静な判断能力を失うことになる。今までの出場選手と同じように。


「はじめ!」


 審判の合図と共に、グレンが猛スピードで走ってきた。しかし、奇襲など最終兵器黒田には通用しない。


 残念ね、グレン。推しが私の胸に飛び込んでくる、そのシチュエーションは、サウルとのトレーニングで飽きたわ。


 だから私は、原作の一部を再現して、なおかつ圧倒するだけの余裕がある。


 本来、ジグリッド王子とグレンの戦いは、二十分にわたる長期戦だ。最後はジグリッド王子がグレンの手首に攻撃を当て、剣を弾いて試合を決める。


 そして、最後はこう言うのよ。


 どんな理由があったとしても、騎士が剣を捨ててはならない。お前の剣は軽すぎる、と。


 いま思えば、グレンの目を覚まさせるために、ジグリッド王子は勝ち方にこだわっていたのね。騎士にとって必要なことを伝えるために、あえて長期戦を選び、剣を飛ばしたのよ。


 剣でしか分かり合えないなんて、本当に男って不器用だわ。でも、ごめんね。


 今回は最後の部分だけ再現し、圧倒的な力量差で勝たせてもらう。略奪愛システムを働かせるために、ね。


 だって、今日の私は最終兵器黒田なのだから。


 サウルとのトレーニングで高めた動体視力でしっかり目視し、グレンの剣の軌道を読み、手首に向けて容赦ない速度で振り払う。


「小手」


 バシンンンッ! と手首に強打した瞬間、グレンの剣が宙を舞い、カランカランッと転がりながら場外へ落ちていった。


 会場は息を飲む音が聞こえてきそうな雰囲気だが、誰よりも現実を受け入れられていないのは、当事者のグレンである。ヒットした手首を見つめて固まる彼に対して、私は剣を突き付けた。


「どんな理由があったとしても、騎士が剣を捨ててはならないわ。あなたの剣、軽すぎるわね」


 そして、ジグリッド王子の決め台詞を丸パクリするのだった。

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