第8話:黒田、心の防波堤を破壊する
アールグレイの紅茶を優雅にいただきながら、お茶会が進んでいくと、ルビアの緊張もすっかり解けていった。
正確には、王妃様の聖母ペースに飲み込まれ、話しやすい雰囲気になっただけだが。
「まだお姉ちゃんがいないと、不安で仕方ありません」
「仲が良いものね。双子というより、年の離れた姉妹のようにも見えるけれど」
聖母のお悩み相談室みたいな雰囲気になっているが、このペースに飲み込まれたくないので、私は口を挟まないようにしていた。
こういう悩みをルビアが抱えているのは知っているし、甘やかし続けてきた公爵家やクロエにも問題がある。でも、放っておいても問題はない。
聖魔法に適性があると学園で注目を浴びて、クラスの子とよく話すようになったし、クロエと関わる時間は少しずつ減ってきている。
このまま進めば、ルビアの無邪気な部分がどんどん表に出てきて、評価は右肩上がりになるはずだ。
しかも、クロエである私が完璧に物事をこなし、高嶺の花であり続ければ、そのスピードは加速する。早めにジグリッド王子と接点も持てたことだし、何もかも順調ね。
「それにしても、クロエちゃんはガードが固いわよね」
ルビアが心を開いたと判断したのか、王妃様が標的を私に変えてきた。
なお、この場合の標的とは、もっと打ち解けたい、という好意的な意味である。
普通に話しているだけだし、特に悪いことはないのだけれど……黒田の部分があぶり出されないか心配だった。
「特に意識はしておりません。普通に過ごさせていただいております」
「そういうところよ。すぐに話を切ろうとする印象があるの」
これはクロエの性格です。早く話を終わらせないと、ルビアが耐えられないと思い、話を切る癖がありますから。
でも、本人を前にして言えないし、王妃様に悪い印象を与えるわけにもいかない。適性魔法を判別する『始まりの式典』で国王様にたてついたのに、こうしてお茶会に招待してくれているんだもの。
王家と公爵家の間では問題がない行為だったとアピールするために、わざわざお茶会を開いてくださったんだろう。そうでないと、こんな序盤に激レアランダムイベントが起こるはずがない。
だから、王妃様の顔に泥を塗るような行為だけは避けないと。
あまりやりたくないのだけれど……今回ばかりは仕方がないかな。少し黒田の部分を出して、王妃様の信用を得ることを優先しよう。
「実を言うと、年上の方や貴族と話すのは、得意ではありません」
「意外ね。同年代の子と比べても、とても慣れているように思うわ」
「王妃様のように心を開いてくださる方は別ですが、顔色をうかがいながら話すのは、精神的に負担がかかります。その影響もあって、手短に用件だけを話す癖がついたのかもしれません」
取引先・上司・先輩など、ブラック会社においては、気楽に接することができなかったもの。どれだけ愛想よく振る舞っても、SNSで悪口を書かれるし、本当に疲弊する毎日だったわ。
「そうだったのね。学園を卒業すると、貴族は一人前の大人扱いになるから、少し心配だわ。聖魔法に適性があるとわかった以上、今後はより一層パーティーに呼ばれるはずよ」
勘弁してほしいですね、なーんて素直な気持ちを言えるわけがない。公爵家という高い身分に生まれてきたから、まだ融通が利くだけ、こっちの世界はマシだと思う。
「魔法の扱いにも慣れなければいけませんので、学生の間は、可能な限りお断りするつもりです。交流を深めたい場合のみ、積極的に参加しようと考えています」
さりげなく王家とは仲良くしたいですアピールをすると、王妃様の口元が緩んだ。
「じゃあ、私の名前を使って断ってもいいわよ。王妃の名前を出されたら、余程のことがないと言い返してこないでしょう?」
いけない。結局、王妃様のペースに乗せられているわ。僅かな隙を的確について、心の中に入ってこようとしてくるの。
とても優しい人だし、クロエを助けようと思っての提案だとわかるのだけれど、バブバブルートが頭にちらついてしまう。
早く壁を作り直さないと、クロエらしさが失われるわ。
「大丈夫よ、クロエちゃん。何かしてもらおうというわけではないの。単純にね、娘が二人できたみたいで嬉しいのよ。うちはジグリッドしか子供がいないから」
満面の笑みを浮かべてくれる王妃様を前にして、内なる黒田が心の防波堤を壊していくのを感じた。
心優しい女性の姿に、聖母特有の癒しの波動を感じてしまう。
「そ、そうおっしゃっていただけて、光栄です」
「もう、そういう部分がまだまだ固いのよね。いっそのこと、もっと崩してもらっても構わないわ。普段と同じように過ごしてちょうだい。なんだったら、お義母様と呼んでくれてもいいのよ」
はぁ~~~! お義母様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! と心で叫び、内なる黒田をギリギリ理性で抑えるのだった。
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