第7話:黒田、聖母と対峙する
約束の日がやって来ると、私とルビアはお茶会の招待状を握り締めて、王城に足を運んだ。
激レアイベントとはいえ、数回はプレイしているから、だいたいの雰囲気はわかるわ。ジグリッド王子も参加するはずだし、身を引き締めていかないと。
何といっても、序盤のルビアは人見知りムーブがすごいんだもの。
お茶会の会場である中庭に向かって歩いていくなか、私の後ろに隠れて体を震わせるルビアを見れば、どれほどの人見知りかわかるだろう。
「お、お姉ちゃん。本当に大丈夫かな。心臓が爆発しそうだよ」
幼い頃から王城に呼ばれる機会はあっても、公爵家の長女であるクロエがほとんど対応していたため、ルビアは付き添い程度の行動しかとってこなかった。
悪くいえば、存在感がまったくない。それが本人の希望でもあったのだが、今日はそれができない。
王妃様から名指しでお茶会に招待された以上、クロエとルビアがメインなのだ。
ましてや、異性として気になるジグリッド王子がいるとなれば、プレッシャーに耐えられなくなり、委縮するのも当然のこと。
「気にしないの。今日のルビアは一段と可愛いわよ」
当然、逆ハールートを目指す私が何も手を打たないわけがない。
ジグリッド王子に猛アピールするため、いつもの学生服ではなく、オシャレなワンピースに身を包んでいる。
アクセサリーやネイル・お化粧まで、たっっっぷり時間をかけたんだもの。絶対に大丈夫よ。
問題があるとしたら、ルビアを気遣いすぎて、五分で用意してきた私よ。当て馬の身としては、ルビアが際立っていいのかもしれないけれど、もう少しちゃんとしたかったわ。
「ごめんね、お姉ちゃん。私、もう死ぬかもしれない。心臓がドクン、ドクンって小刻みに爆発しているの」
緊張感がピークに達したルビアが意味不能なことを言い始めたため、一度立ち止まって向かい合う。
「もう少し力を抜きなさい。王妃様もジグリッド王子も優しいわ」
「だって、ほとんど話したことないんだもん」
「今までパーティーに参加はしていたし、面識はあるの。緊張して何も言えてないことくらい、向こうもわかっているわ。それでも声をかけてくれたんだから、仲良くしたいって言ってくれているようなものよ」
「それはそうだけど……、うまく話せるかな。まだ目を合わせたこともないのに」
すごいわね。毎回その状態から略奪していたの? 呆れたを通り越して、素直に感心するわよ。
「良い機会じゃない。ここで仲良くなれれば、学園でも話せて、ジグリッド王子との距離も縮まるわ」
「お、お姉ちゃん! こ、こんなところで言わないでよ!」
「周りに人がいないことくらい確認済みよ。さあ、行くわよ」
「ま、待って……」
王妃様の前で隠れられても困るため、ルビアの手を取ってしばらく歩いていくと、目的の中庭に到着した。
お茶会を行うべく、丸いテーブルに白くて清潔なテーブルクロスが敷かれ、真ん中にはマリーゴールドの花が添えられている。
すでに王妃様とジグリッド王子が席に座っていて、私たちが近づいていくと、立ち上がって出迎えてくれた。
「いらっしゃい。よく来てくれましたね」
そう声をかけてくれたのは、とてもアラフォーとは思えない女性だった。
心の清らかさを表すような真っ白い髪と、穏やかな表情しか作れないと思ってしまうほどの優しい顔立ち。そして、華やかなドレスが王妃様の気品を際立たせている。
すべてを包み込んでくれるこの感じ……原作以上ね。作中では聖女と呼ばれているけれど、プレイヤーの間では『聖母』と言われていたのよ。
この方は、ストレス社会で苦しむ数多の女性プレイヤーの心を癒したんだもの。
お茶会後、普通では存在しないサブクエストが発生し、それを進めていくことで、バブバブルート……いや、聖母に甘えられるイベントが起こる。略奪愛をテーマにした乙女ゲーなのに、異質の癒し空間を作り上げてしまうのだ。
それが聖母と言われる所以であり、キャラクター人気投票でも、必ずベスト3に入ってくるほどの人気キャラだった。
よって、この人は要注意人物になる。聖母の前では、クロエムーブをやり遂げられる自信がない。
内なる黒田が早くもバブバブし始めるなか、私はクロエらしく振る舞うために身を引き締め直す。
「お招きいただき光栄です、マーガレット王妃様。少々妹が緊張しておりますが、お許しください」
手を取ってきたのは失敗だったのか、私の手を握りしめたまま、ルビアは何度もペコペコとお辞儀ばかりしていた。
「昔からルビアちゃんはそうよね。声を聞いた記憶がないもの」
当然、そういう印象しかないわよね。ジグリッド王子も同じような気持ちだと思うわ。
でも、距離を縮めるチャンスを逃がすわけにもいかない。少し乱暴な方法になるけれど、ここは殿方にリードを任せた方がいいわね。
「ジグリッド王子。ルビアに何か言うことはないのかしら」
気になっている異性から言葉をもらう展開になり、ルビアが挙動不審になった。しかし、ジグリッド王子も貴族である以上、女性を褒めることくらいは手慣れている。
「美しすぎて言葉が見つからなかっただけだよ。今日は一段と綺麗だね、ルビア嬢」
「ええっ!? あ、あ、ありがとうございましゅ!」
こういうところが男に好かれるんだろうなーと、私はなぜか冷静になるのだった。
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