第6話:黒田、推しと二人きりになる
「ふぅー。やっぱり校長の説教は長かったわ」
魔法学園の式典から一週間の月日が流れる頃、校長室に呼び出された私は、コッテリと説教を受けてしまった。
覚悟していたのだけれど、忘れた頃に説教するのは酷いわ。国王様に言い返した件はお咎めなしだと思って、スッカリ気を抜いていたんだもの。
でも、口頭注意だけで終わってよかったかな。ゲームでは登場しなかったけれど、この世界の両親にも迷惑をかけてしまうから。
クロエの記憶の中に存在するパパは、けっこう怖いのよね。公爵家が統治する領地は離れているし、耳に入らないことを願うばかりだわ。
すでに夕焼け時で茜色に染まりかけていることもあって、早く学生寮に帰ろうと教室にカバンを取りに行くと、一人の男子生徒が私の席に座っていた。
推しの一人、ジグリッド王子である。
どうしよう、こんなイベントは知らないわ。夕方の教室でジグリッド王子と二人きりなんて……やだ、ロマンティック!
ブンブンと首を横に振り、黒田の邪念を振り払った後、ジグリッド王子に近づいていく。
「遅かったな、クロエ嬢」
「少し抜けられない用事があっただけよ」
「だろうな。校長に呼び出されて、無視するわけにもいくまい」
何でバレてるのよ。好感度を上げたいわけじゃないけれど、隠しておきたかったのに。
ん? ちょっと待って。ジグリッド王子は、私が学園に残っていると知っていたのよね。だって、私の席に座って待ち伏せているんだもの。
ということは……王家から言伝を預かって、ジグリッド王子が校長へ話を通したのね。父親である国王様にたてついたんだし、良い思いを抱いていない可能性が高いわ。
ひとまず、ジグリッド王子が座る隣の席へ腰を下ろす。
「同じクラスでも話さないのに、どうして待っていたのかしら」
「夕暮れ時に一人で帰らせるわけにはいかないだろう?」
「学園の敷地内に寮があるのに、危ないわけがないでしょう。あなたが通うことになってから、王城並みの警備になっているじゃないの」
「フッ、クロエ嬢は相変わらずだな。君と言い合いをして勝てる自信がないよ」
ちょっと、クロエ!? 今まで何を言ってきたのよ!
うぐぐっ、記憶が曖昧で思い出せないけれど、ゲームスタート時に好感度がマイナスだったなんて、完全に予想外だわ。
高飛車なツンデレなんて、高嶺の花を通り越して、タダの嫌な奴じゃない!
観念したかのようにジグリッド王子が両手を挙げた後、手に持っていた小さな紙を渡してきた。クロエとルビアの名前が書かれた、招待状である。
「母上が君たち姉妹を気にしていてね、今度の休みにお茶会をしたいと招待状を預かってきたんだ」
お、王妃様とのお茶会ですってー!? それは……、激レアのランダムイベントじゃないのー!!
嘘じゃないわよね、と確認するものの、受け取った招待状に王妃様の名前が書かれているので、間違いなく本物だった。
ジグリッド王子とクロエの好感度が高いと発生しやすいと言われていたけれど、まさかこんな序盤で招待されるなんて。
どうしよう、内なる黒田が騒ぎだしそうになるくらい嬉しいわ! 王妃様とのお茶会で出されるアップルパイが食べてみたかったのよね!
いまはジグリッド王子の前だし、必死に黒田を抑えつけるけれど!
「ありがたく受け取っておくわ。特に予定はないし、ルビアも参加すると伝えてちょうだい」
「……二つ返事なんだな。王家と距離を取りたい何かがあるのかもしれない、そう考えていたよ」
先ほどまでの雰囲気から一変して、ジグリッド王子は真剣な表情になった。
アップルパイの誘惑に勝てるはずがない、という本音は、心の深い場所に閉まっておく。
「ごめんなさい。国王様に反論したこと、やっぱり怒っているのかしら」
「いや、君は元々そういう性格だろう。相手が誰であろうと自分の芯は曲げないし、王家に敵意を持っているとは考えていない。ただ、大勢の人が見ているなかで、考えもなしにああいうマネもしない」
知的キャラすぎるわよ~、クロエ~。元々完璧なキャラだとは思っていたけれど、一国の王子にまでそう思われているなんて、余程のことよ。
原作をぶち壊して逆ハールートを目指すだけの私に、言い訳を考えさせないでよね。公爵家の長女としては、信頼されていて良いと思うけれど。
そもそも、タメ口で話せる時点でヤバいわ。クロエの記憶を遡っても、ジグリッド王子に敬語を使っている場面がないんだもの。
「買い被り過ぎよ。私は事実を述べただけにすぎないの」
「ルビア嬢の適性魔法がわからない段階で、事実を述べられないと思うんだが」
「今まで一緒に過ごしてきた日々があれば、それくらいはわかるわ。ルビアが特別な存在だと気づくのは、自然のことよ。この際、彼女と深く関わってみるのはどうかしら。あなたもすぐに気づくと思うわ」
「はぁ~、君は相変わらずミステリアスな一面があるな。そういうことにしておこう」
よし、さりげなくルビアの恋をプッシュすることに成功した。お茶会にも招待されたから、予想以上に恋愛イベントが早く進むかもしれない。
今度の休日まで待っててね、私のアップルパイ!
「さて、俺の用は済んだ。女子寮まで送るよ」
「別にいいわ。そんな距離ではないでしょう?」
「もう少し君と話していたいだけだ。気にしないでくれ」
「よく言うわね。久しぶりに話した記憶しかないのだけれど」
クロエらしくツンツンとした態度を取りつつも、私はこの日、推しと下校するという一大イベントをやり遂げた。
部屋に戻った後、興奮してベッドの上でのたうち回ったのは、言うまでもないだろう。
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