悲劇の当て馬ヒロインに転生した私が、最高の当て馬になろうと努力したら、運命が変わり始めました~食い意地を張った女の子が聖女と呼ばれ、溺愛されるまでの物語~
第9話:黒田、アップルパイで前に出てきてしまう
第9話:黒田、アップルパイで前に出てきてしまう
「クロエちゃんもやっぱりまだ子供なのね。お母さんが恋しいのかしら」
ハッとしたときには、もう遅い。理性で抑え込んだものの、聖母の力に飲み込まれて、顔に出ていたみたいだ。
「いえ、そういうわけでは……」
「親元を離れて学園に来て、ルビアちゃんも気にかけているんでしょう? おまけに聖魔法に適性があって、周りの視線にも気を付けなければならない。気を張りたくなる気持ちもわかるわ」
偶然にも、黒田のバブバブ属性が見透かされることはなく、王妃様はクロエの境遇に同調してくれていた。
聖女として生きてきた分、これから歩むクロエとルビアを純粋に心配してくれているに違いない。国王様にたてついたことも、ジグリッド王子は悪くとらえていなかったし、王妃様にも一定の評価をされているのだろう。
公爵家のクロエがあんな行動を取るのには、深い意味があるのではないか、と。
「私はあなたたち姉妹の味方でありたいと思っているの。もっと距離を縮められると嬉しいわ」
ここまで言わせてしまったのなら、下手に距離を取らない方が良さそうね。王妃様と打ち解けて、王城に来る機会が増えれば、ゲームでは存在しない恋愛イベントが発生する可能性も高まるわ。
完璧な当て馬を目指すためにも、弱みは見せたくないし、あまりクロエムーブを崩したくはないのだけれど……。
「はぁ、お言葉に甘えようかしら。周りに人がいない時だけでも、口調を崩します」
「お、お姉ちゃん!?」
ルビアが驚くのも無理はない。常にクロエは完璧を求められているし、ゲームでは口調も態度も崩さなかったから。
「臨機応変に対応するのも、貴族のマナーのうちよ。せっかくルビアも打ち解けられたんだし、崩した方がいいわ。元々あなたは敬語が苦手でしょう?」
「そうよ、ルビアちゃん。聖魔法に適性を持つのは、この国で三人しかいないの。もう家族みたいなものじゃない」
私の援護射撃なんて不要ね。この場を制する聖母が身を乗り出すほど真剣なんだもの。ルビアが落ちるのも時間の問題だわ。
少しでも貴族らしさを保つために、優雅にアールグレイをいただこうかしら。
「でも、王妃様はとても目上の方ですし、私は公爵家でも次女なので……」
「家柄なんて関係ないのよ。私がそれを望んでいるんだもの。それとも、ルビアちゃんは私のことが嫌いかしら」
「はぁ……。わかりました、
「ブーッ!!!!」
「ブーッ!!!!」
ルビアの唐突な『お義母様』発言に、ずっと見守ってくれていたジグリッド王子と一緒に、紅茶を吹き出してしまった。
さすが天然のルビアね。普通の人と言葉を崩す場所が違うわ。
ここは原作でも選択肢が現れて、確かこうだったはずよ。
じゃあ、そうするね。王妃様。
→はぁ……。わかりました、お義母様。
ルビア、それは二周目に選ぶ方じゃない! だいたい一周目は正統派を選ぶものよ!
これには、さすがにジグリッド王子も顔を赤くしている。遠回しに結婚したいです、と言ったようなものだから。
「ルビア嬢、さすがに母上をお義母様と呼ぶのは、遠慮してもらえると助かるよ。俺が変な気持ちになる」
「あっ、ご、ごめんなさい。そ、そういう意味じゃ……」
「いいのよ、ルビアちゃん。クロエちゃんの言っていた貴族の正しいマナーがうまくできているわ」
「母上! 純粋なルビア嬢が信じかねないので、遠慮してください!」
意外に両者の好感度が上がるという神選択肢ではあるのだけれど……、本当に天然って恐ろしいわね。
改めてルビアの天然ぶりに感心していると、ついにお茶会のメインイベントがやってくる。
可愛らしいメイドさんがやってきて、テーブルの上にそっと置いてくれたのは、焼き立てのアップルパイだ。
独特の網目模様に綺麗な焼き目が付き、その下にはふんだんに使われているリンゴが見え隠れしている。メイドさんがナイフを入れて切り分けると、サクサクッと良い音が響き、湯気がモワモワと立ち昇った。
皿に取り分けられたアップルパイの断面を見れば、その刺激的な光景に、思わず喉をゴクリッと鳴らしてしまう。
リンゴとパイ生地の割合が絶妙ね。あぁ~、焼き立ては一段とおいしそうに見えるわ。パイ生地の小麦とリンゴの香りが合わさって、幸せな気分になるんだもの……。
そして、ここからが一番気になっていたものよ。このアップルパイを取り分けられた後……出たー! リンゴの旨味を閉じ込めた特製ソース!
私の分にはたっぷりとかけてください、お願いします!
はぁ~、どうやってこのソースを作っているのかしら。フレッシュなリンゴの香りが加わって、より一層香りを楽しめるんだもの。
さらに、ここに新しくアップルティーがいれられることで、リンゴの香りが三重奏になる。
王家伝統のおもてなし、リンゴのお茶会イベント。くぅ~! 転生してよかったー!
「おいしそう……」
「ふふふ、クロエちゃんもそういう表情ができるのね。意外に食いしん坊なのかな」
しまった! 完全に素の黒田が出てしまった!
「いえ、アップルパイが好きなだけです」
私はクロエよ。今の私はクロエなの。アップルパイで取り乱すほど、私は食いしん坊じゃない!
意を決して、アップルパイをフォークで固定し、ナイフを入れる。
サクサクッ……サクサクッ……とパイ生地の感触が手から伝わってきた。
冷静になるのよ、クロエ。うぐぐっ、切断面から立ち昇る蒸気が、私を黒田に戻してしまうわ……。リンゴの香りがいい……。
アップルパイに魅了された私が我慢できるはずもなく、ただひたすらそれを見つめて、口の中へ放り込む。
あぁー……口の中に入った瞬間に特性リンゴソースのフルーティな酸味を感じられるわ。だって、すぐにフレッシュな香りが鼻に抜けるんだもの。
当然、嚙めばサクサクッとパイ生地が崩れ、柔らかいリンゴの果肉と混じり合う。
ソースとは違う種類のリンゴを使っているみたいで、糖度が高いわね。自然な甘みが濃縮されていて、あまり砂糖を使っていない分、クドイと感じにくい甘さだわ。
そして、パイ生地にはアーモンドパウダーが練り込まれているのかしら。サクサクッとした食感と共に、芳ばしさを強く感じるの。焼き目が付いた部分が一段と芳ばしくて……。
「おいしい~……」
アップルパイの世界へと旅立った私は、しばらく自分がクロエであることを忘れてしまうのであった。
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