第2話:黒田、最高の当て馬を目指す

「お姉ちゃん? 私の話、ちゃんと聞いてた?」


 本当に主人公のルビアが目の前にいるわね……なーんて呑気なことを考えている場合ではなかった。ジーッとルビアの顔を眺めていたせいで、首を傾げられている。


 まだ前世の記憶が蘇ったばかりで、うまく状況が把握できていないのだけれど、ひとまずクロエを演じた方が良さそうだわ。


「ごめんね。少し頭が痛むのよ」


「大丈夫? 昔から頭痛持ちだったもんね」


 ルビアが近づいてくると、子供でもあやすように私の背中を優しくさすり始めた。


 対処の仕方がわかっているような自然な動きで、何度もさすってもらった記憶がクロエの中には存在する。しかし、ゲームをしていた黒田の記憶には、こんなシーンは存在しなかった。


 おかしいわね。いや、私が余計な言葉を入れた影響なのだけれど……、ゲーム内でクロエが頭痛持ちの設定はあったかしら。


 少しばかり違和感を覚えるものの、今は前世の記憶に感謝しようと思う。


 だって、すでにゲームの選択肢を選ぶ大事な場面なんだもの。


「危なかったわ。もう少しで引き裂かれるところだった」


「えっ!? そんなに激しい頭痛だったの!?」


「へっ? え、ええ。今回だけよ。ルビアがいてくれて助かったわ」


 ゲーム感覚が抜け出せないのか、独り言をつぶやきながらプレイするように、心の声が漏れてしまった。


 危ない、もう少しで本人に聞かれるところだったわ。引き裂かれるのは、クロエとルビアの姉妹関係なのよね。


 このゲームの大きな特徴は、ルビアが主人公であるにもかかわらず、重要な選択肢がクロエに現れるところにある。それが『恋と魔法のランデブー』が伝説の乙女ゲーと呼ばれる所以でもあった。


 プレイヤーが攻略対象を選ぶとき、必ず姉のクロエで選択するのよ。禁断の恋を演出するために、クロエに好きな人を表明させた後、ルビアが攻略対象と愛を育んでいくの。


 ごめんね、お姉ちゃんと同じ人を好きになっちゃった……と、略奪愛を行うために。


 仲の良すぎる双子姉妹という設定が、また一段と禁断の果実を甘くさせ、背徳感を強くさせるのよね。攻略対象とクロエの好感度次第で、エンディングの中身も変わるほど作り込まれていて、何度も周回してしまうんだもの。


 絶対にクロエが略奪愛の被害に遭うから、笑えない状況なんだけれど。


「ありがとう、ルビア。もう大丈夫よ」


「うん……。無理しないでね」


 背中をさすってくれたルビアの手が離れると、いよいよ本編に戻っていく。


 スタート直後の攻略対象選択シーンは、今後の私の人生を大きく左右する重要なポイントになるわ。ここは無難な方法で乗り切るべきね。


 まったく……。ゲーム開始早々から攻略対象を選ばせるんじゃないわよ。あとで何度も変更する機会があるけれど、その度に略奪されるクロエの身にもなりなさい。


 こんなにも仲の良い姉妹を引き裂くなんて、運営の心が穢れすぎているわ! めちゃくちゃやり込んだ私が言える立場じゃないけれど!!


「それでお姉ちゃんは好きな人ができたの?」


「私はルビアが一番好きよ。かけがえのない妹なんだもの」


「好きの種類が違うでしょ。魔法学園が始まって一週間が経つんだし、恋愛的な意味で聞きたくて……」


「たった一週間で恋に落ちないわ。それとも、ルビアは気になる人でもできたのかしら?」


「えっ? で、できてないけど……?」


 どうして目線を外してモジモジしているのか、今すぐにでも問いただしたいわね。嘘が下手すぎるわよ。


 いや、あえて問いただすのはどうかしら。原作通りに進んでも略奪されるだけだもの。


 先にルビアが好きな人と結びつけば、略奪されなくなるかもしれないわ。


「ルビアは好きな人がいるのね。正統派のジグリッド王子? 補佐官見習いで優しいアルヴィ様? それとも、一つ上の先輩で若くして騎士団に所属するグレン様かしら」


「えっ? どうしてわかったの!? あっ、いや、私は……」


 恥ずかしがる必要はないわ。だって、このゲームは三人しか攻略対象がいないから。


 ちなみに、私は三人とも推してる。三人とも最推しなのよ。


「姉の私に隠し事をするなんて、無理に決まってるじゃない。誰を一番推しているのか言ってみなさい」


「お、推してる?」


「誰が好きなのかって意味よ! 目に入れても痛くないくらい好きで好きでたまらない存在なら、推したくなるでしょう!?」


「お、落ち着いて、お姉ちゃん……。なんか、急に元気になったね」


 困り顔のルビアを見て、クロエではなく、黒田が出てきていることに気づく。


 オタクの血が騒いでしまったわ。推しの話になると自然と熱くなるのよ。限定版の公式グッズをすべて買い集めるほど、ガチ勢だったんだもの。


「コホンッ。妹の初恋を応援するのは、姉の役目よ。少しくらいは熱くなるわ。ほら、遠慮なく気になる人を言ってみなさい」


「えーっと……。実は、三人とも気になってるの」


 まさかの原作ぶち壊し逆ハールート!?


 いや、ルビアが原作通りの性格だからこそ、三人とも気になっているのね。


 略奪する準備は万端で、クロエに好きな人ができたとき、その人のことを急激に好きになり始めるんだわ。


 好きになってはいけないという背徳感で、逆にどんどん好きになって、恋に溺れていくのよ。


 つまり、私が誰かを好きになり始めた瞬間、略奪ルートが開拓されてしまう。


「このままだとダメだって、頭ではわかってるんだけど……」


 わかってるなら一人くらい譲りなさい! と言いたいけれど、下手に動けないのも事実なのよね。


 仲の良い姉妹という設定なだけに、クロエが攻略対象と結びつく寸前になると、必ずルビアは暴走する。姉を略奪された、という感情が芽生え、この国が血の海になるバッドエンドがあるから。


 略奪はするけれど、略奪は許さない。それがルビアの厄介なところであり、私の恋愛が早くも詰んでいる部分でもある。


 先にルビアを誰かと結び付ければいいと思ったんだけれど、うまくいきそうにないわね。


 それなら、私が選ぶ選択肢はただ一つよ。


「わかったわ。一人ずつ攻略していって、全員と婚約しましょう」


 地球で三十年も生きてきて、恋愛話が一つもなかったんだもの。略奪愛属性を持つルビアがいるなら、異世界で恋愛できるはずがないわ。


 だから、もう自分の恋愛は諦める! でも、推しの幸せを諦めることだけはできない!


 ルビアと推しが結び付けば、幸せになることは確定するんだもの!


「お姉ちゃん!? 何を言ってるの? 今日はなんか変だし、そんなの無理だよ」


「無理じゃないわ! ルビアならできるわよ!」


 むしろ、やってもらわないと困る。原作には存在しないけれど、二人で一緒に逆ハールートの道を開拓していきましょう。


 私の願いは、一番の特等席で義姉になり、推したちの幸せを見届けること。


 そして、これは叶えられない夢でもない。


 なぜなら、クロエが攻略対象にアピールしようとすると、ルビアの好感度が高まる『略奪愛システム』があるの。


 才女と呼ばれるクロエが完璧な行動を取るほど、それに比例して、天然のルビアが可愛く見えてくる。攻略対象たちが守ってあげたくなるのは、完璧な女ではなく、か弱い女の子だから。


 皮肉なものよね。どれだけ頑張ってもクロエは恋愛が成就せず、ルビアの当て馬になるしかない。


 つまり、クロエである私が完璧すぎる立ち回りをすれば、ルビアの魅力が際立ちすぎて、逆ハールートの道が開かれる。


 だから私は、最高の当て馬になればいい! すべてのイベントを記憶するほどやりこんだオタクの底力で、原作を崩壊させてやるわ!

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