第3話:黒田、いったん落ち着きなさい

 逆ハールートを進むと決めた翌日、早くも当て馬になるイベントがやってきた。


 魔法学園で『始まりの式典』と呼ばれるもので、新入生の魔法適性を判別するための伝統的な儀式になる。


 この国、トリスタン王国の国王様も来賓に来られていて、今は新入生が体育館に集められていた。


「校長の挨拶、思ったより長いわね」


「シーッ!」


 愚痴をこぼした私に対して、隣で真面目に聞いていたルビアが人差し指を口元に当てた。


 この場にいる多くの人が貴族であり、九割以上の生徒がビシッと背筋を伸ばして、私語を慎んでいる。国王様と顔を会わせる機会など限られているため、失礼のないように振る舞おうと必死だった。


 本来であれば、こういう式典はクロエも真剣に聞くタイプなのだが……申し訳ない。黒田の部分が出てきてしまいました。


「お姉ちゃんは、公爵家の長女なんだよ?」


「わかってるわ。魔が差しただけよ」


 だって、ゲームでも印象的なイベントだったけれど、こんな部分は五秒もなかったんだもの。どこの世界でも、校長の挨拶なんて時間がもったいないだけよ。


「普段はしっかりしてるのに、たまに変なこと言うんだから。もう」


 昨日の逆ハー話が尾を引きずっているのか、ルビアは口を尖らせて、そっぽを向いた。


 いきなり逆ハーを目指すのはハードルが高かったみたいで、ルビアを説得しても首を縦に振らなかったのよね。まずは三人とも仲良くなるっていう、小学生みたいな目標で終わったんだもの。


 気になってる男性が三人もいるのに、人見知りで引っ込み思案な性格が災いして、ほとんど話したことがないなんて……。それなのに略奪しちゃうんだから、とんでもない略奪の才能を持ち合わせていると思うわ。


 私が恋愛を諦めた以上、その才能を活かす場所はないけれど。


 長ったらしい校長の挨拶が終わり、国王様のつまらないありがたい挨拶をちょうだいした後、いよいよメインイベントが発生する。


「これより、魔法適性の判別を行う」


 司会進行役でもある校長の言葉と共に、学園の職員が壇上に上がった。せっせと小さな机と綺麗な水晶を運び、それを中央にセットする。


 あの水晶に魔力を流して、輝いた光の色と明るさを見て、適性魔法と魔力量を測定するのよね。その後、国王様の元へ行って、一言もらう習わしだったはずよ。


 そして、最初に代表として行うのは、同じクラスで攻略対象の一人でもある王子様だ。


「新入生を代表して、ジグリッド・トリスタン王子、前へ」


「はい」


 ビシッと立ち上がり、堂々とした姿を見せるのは、ゲームと同じ金髪の少年だった。


 力強い青い瞳が特徴で、同年代にしては身長が高く、パッと見ただけでは大人っぽい。でも、表情を緩めるとまだ子供っぽく見えるため、『恋と魔法のランデブー』でも一番人気の高い、正統派のイケメンになる。


 さすが私の推し。生で見ると一段とかっこいいわ。やだ、こっちに来る!


 近い! 近すぎるわ!! キャー!!


 ルビアに誤解されないようにするため、平然とした表情を作りながら、ジグリッド王子を見送った。


 やっぱり静止画スチルと現実では、魅力が違うわね。後ろ姿もかっこいいと思っちゃうんだもの。


 今後は接する機会も増えてくるし、心の準備だけはしておかないと。いざという時に黒田が出てきたら、シャレにならないわ。


 ジグリッド王子が壇上に上がり、国王様に向かって一礼した後、水晶に触れる。その瞬間、それが真っ赤に燃えるように反応した。


 これには、おぉぉぉ……と会場にどよめきが起こる。


 それもそのはず。ジグリッド王子の魔力は、前例がないと言われるほど高く、これほど激しい反応をもたらすなんて、本来はあり得ないのだ。


 ほとんどの貴族女性が胸の前で両手を握り締め、カッコイイ……と呟く気持ちもわかる。


 内なる黒田を抑え付ける私と、まだ来ない自分の番に緊張しているルビアは、自分の対応に必死だが。


「静粛に、静粛に。ジグリッド王子、早くダグラス国王の元へ向かいなさい」


「はい」


 魔法適性の結果を喜ぶのではなく、ふぅー、と長い息を吐いたジグリッド王子は、国王様の元へ向かった。


「よくやったな、ジグリッド」


「ありがとうございます。父上のおかげです」


 たったそれだけのやり取りをした後、ジグリッド王子は席に戻ってくる。


 王族として恥じぬ結果だったことに、二人とも安堵したんだろう。ダグラス国王の子供はジグリッド王子しかいないので、このイベントは国の存続に関わるほど重要だったはず。


 魔力が高いほど、他国への抑止力に繋がるから。


 代表者のジグリッド王子が終えると、後はオマケみたいなもので、クラス順で流れ作業のように壇上へと上がっていく。


 時折、水晶が強い反応を示す者はいるけれど、今年は運が悪いとしか言いようがない。ジグリッド王子の前では霞んでしまい、インパクトは低かった。


 しかし、国王様も馬鹿ではない。有望な若者には激励し、名前を尋ねて何度か言葉を交わしていた。


 そして、いよいよ私たちの出番が回ってくる。


「ルビア、そろそろ行くわよ。いつまでも緊張していないで、堂々と歩いてちょうだいね」


「わ、わかってるよ」


 本当にわかっているのかしら。今まで妹ということもあって、ルビアは貴族の集まりでも姉の後ろに隠れ続けてきたけれど、今日はスポットライトを浴びなければならないのよ。


 このイベント主役は、当て馬の私でも、前例のない記録を叩き出したジグリッド王子でもない。


 後に聖女と呼ばれることになる、ルビア・フラスティンなのだから。

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