第6話 竜の肉を喰うということは 06

 フルールが保護されている修道院にはアシルの育った孤児院が併設されていた。大人しかいないような修道院で静かに過ごすよりも、孤児院の賑やかしさが心地好かった。竜人の脅威なんて感じず、子供達の喧しさ。僅かばかりの平穏を感じられた。

 孤児がいる。それは決して平穏ではないと、フルールもわかっている。孤児になる理由なんて人それぞれ違うが、大抵の子は竜人の被害者だ。暮らしていた町が、村が襲われ親、家族をなくしている。物心付く前に孤児になった子もいれば、目の前で親を殺され自分自身も危なかった子もいる。今のフルールの状況とそう変わらない。

 だけど、この孤児院にいる子供達はその悲しみを見せなかった。大人たちが孤児を慈しみ、大切にしているからだ。フルールに対して同じように皆が接してくれていた。


「あの、姫様」


 小さな少女が緊張に身を強張らせて恥ずかしそうにフルールに話しかける。

 孤児と王女では身分に隔たりがある。気楽に話し掛けられるようなものではない。それに今のフルールは親しかった人たちを竜人に蹂躙された悲しみと怒りで、近寄りがたい雰囲気を纏っていた。


「なに? どうしたの?」


 話し掛けてきた少女に憂いを隠して微笑む。自分の中にある感情はこの少女とは関係ない。フルールの笑顔に少女の緊張が幾分か和らいだように見えた。


「あのね、お花! キレイだったからとってきたの」


 差し出された花はどこにでも咲いている野花だ。雑草と処分されることも珍しくもない変哲もない花。大事そうに握られたその赤い花は、クタッとしてしまっているが、少女の気持ちが暖かくフルールの心に染み入る。


「……ありがとう」

「えへへっ。姫様どうして、髪の毛切っちゃったの? すごくキレイだったのに」


 少女はフルールの近くに座った。スカートの中に足を隠すように座るあたりマセた子だ。


「あー……邪魔だったから?」


 少女は真っ直ぐにフルールを見つめている。


「ううん、赤い色を見たくなかったの。血の色は赤いでしょ?」


 頷き返す少女の頭を撫でる。


「赤い色が怖くなっちゃってね」

「え? じゃあ、とってきたお花……」


 少女の顔がわかりやすく曇る。フルールは少女から貰った赤い花を髪に飾るように耳に挿した。


「この花、似合う? 髪の毛切っちゃったから、女の子らしくなくなっちゃったでしょ」


 女の子らしく。母のような綺麗な淑女になるのだと仕種を真似ていたことを思い出す。優しくて厳しかった母。今直ぐに思い出す母の姿は最期の放られる姿だ。


「姫様は女の子だよ」

「そうだね」


 今にも零れそうになる涙を堪えてフルールは笑った。


 王女だと身分を明かしたフルールに対して王宮からの返答が未だになかった。王族が竜人に襲われたというだけでも大事だというのにものだ。教会が、国が大騒ぎになってもおかしくない。それでもフルールに対して王宮側は黙ったままだった。

 一時的な保護だと思われていたフルールもここで二月以上過ごしている。フルールの明かした身分が嘘なのではないかと、勘ぐるものも出てきているが、側にあった王家由来の剣と赤い髪がフルールの身を確かなものとして曖昧にしていた。

 フルールには返答がない理由に心当りがあった。

 一度も会ったことのない兄王はフルールを嫌っている。幼い頃、王宮で暮らしていた頃に耳にした噂。母マルレーヌ妃を夢魔だと言い出したのは兄王だと耳に残っている。


「お母様がお父様を誑かしたなんて……馬鹿みたい」

「姫様、今なんて?」


 側で書類整理をしていたアシルが、顔をあげた。

 なにもせず世話になっているだけでは気が引けると、フルールは修道院の手伝いをしていた。手伝いといっても、幼い孤児達の相手をしているだけだ。子供相手に遊んでいるののとなにが違うのだろう。

 今は子供達の勉強の採点をしていた。


「いえ、なんでもないわ」


 フルールはふと、浮かんだ疑問を口にした。


「アシルは、どうして修道士になったの?」


 アシルのペンのインクが滲む。


「それしかなかったから……他の孤児達もそうです」

「こうして、文字の読み書きが出来れば、仕事なんて幾らでもあるでしょう?」


 孤児でなければそうだろう。16歳の成人になる日までに引き取り先の見つからなかった子供達は皆、修道士になる未来しか用意されていなかった。

 それは竜の肉を好んで喰らうような物好きは滅多にいないせいもあるが、竜の肉を喰う苦しみを押しつけているからだ。魔法使いと蔑まれていた時代から変わらない。今、修道士と名を変えたところでやっていることは同じだ。


「修道士の仕事は、尊いものなんだ。……他の仕事なんて」


 子供頃から聞かされ続けてきた司祭の言葉をアシルは自分に言い聞かせるように言う。


「そうね。竜人から守ってくれるのは騎士とあなた達修道士だもの」

「姫様は……」


 アシルがペンを置く。


「本物、ですか?」


 修道院には貴族の子女もいる。身分の高い者ほど、一人で着替えが出来なかったりと、世話が焼ける者が多かった。だが、フルールは身の回りの世話など必要ないとばかりに一人でなんでもこなし、食事の用意も、洗濯だって出来てしまう。


「この、赤い髪がその証拠だよ。髪色がお母様と同じなら、良かったのにね」


 フルールは上手く笑顔を作れなかった。

 王宮から離れて暮らしていたのはこの赤い髪のせいだからだ。この地をドラゴンから守った初代国王が真っ赤な髪をしていたということから、初代の血を絶やすなと、王になる条件の一つが赤い髪だった。

 フルールからしたふざけた理由だ。その理由を知ったのも村で暮らすようになってから婚約者に教えて貰ったものだ。


「お兄様からはなにも返事が来ないの?」


 アシルの無言を肯定と受け取る。


「たぶん、返事はこない。わたしは生かされているだけだから」


 またそんな事を言うのかと思えば、自虐的に笑うフルールにアシルはなにも言えなかった。自暴自棄とは違い、どこか諦めたような顔をしてた。先に言葉を繋げようとするアシルを制するようにフルールは背伸びをした。

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