第4話 竜の肉を喰うということは 04

 死体を焼く煙が目に染み、乱暴に拭う。服についた血に無頓着なのは自分が孤児だからだろうか、孤児は自分だけじゃないと、仲間が手を洗う横でアシルは項垂れていた。


 竜人の襲撃だと、助けに向かった名前もない小さな村は既に竜人の姿はなく、累々と死体が転がっていた。なにも出来なかったと後悔する間もなく、疫病対策だと、その死体を焼くために一カ所にまとめていく作業が始まる。

 仕事が選べるなら選びたかったと、ぼやく仲間を尻目に作業は淡々と進んでいった。

 名も無い小さな村にしては村人達の身なりが小綺麗だと、誰かが疑問を口にする。それに答えを持つ者なんてこの場にはいない。

 アシルは首のない男の側に落ちていた剣を拾う。刃こぼれはあるものの、見るからに手入れの行き届いた剣に刻まれていた紋章はビティス王家に由来するものだ。

 なんでこんなものがと漂わせた視線に入り込んで来るのは、真っ赤な長い髪を広げて倒れている姿。


「王族……?」


 そう思わせるくらいに見事までに真っ赤な髪。赤髪なんてと、卑下されることもある髪色だが、このビティス王国の王は歴代真っ赤な髪をしている。現国王も王太子も赤い髪だ。

 建国に由来する髪色は王族に連なると、身分の卑しい者も自慢するくらいこの国で赤い髪は喜ばれる。だからと、どこぞの村人が赤い髪をしているだけで王族だと繋げるのは、王家を愚弄していると思われても仕方がない。

 だが、ここに王家に由来する紋章があれば別だろう。

 微かに動いた赤髪の村人にアシルは手を伸ばす。絶命した者とは違う血の通う感触。生者がいる喜びにアシルは声を上げた。


 ただ一人の生存者から語られる惨劇は、竜人の非道さに怒りと悲しみを憎しみに塗り替えられる程酷いものだった。気丈にも語る赤髪の村人は自身のことをビティス王国の王女フルールだと名乗った。


「お兄様に確認して頂ければすぐに判明するかと思います。私が村で隠れるように暮らしていたのは、……この赤い髪のせいですから」


 どこか自信なさげに話す言葉に信憑性はあるのか。アシルが拾った王家に由来する紋章の入った剣がなければ、フルールの言うことは妄言だと切り捨てられていただろう。

 アシルはフルールが鞘に収められた紋章入りの剣を抱きしめ、堪える姿を黙って見守っていた。

 掛ける言葉なんてないからだ。竜人の被害から助かった人たちに慰めの言葉も、激励の言葉も、どんな言葉も届かなかった。薄っぺらな言葉で傷ついた心を癒やせるわけがない。

 顔を上げたフルールと目が合った。

 フルールの青い目が、ただ時間を過ぎるのを待つだけでいるアシルを見透かしたかのようで、居心地悪く居住まいを正した。


「私を、見つけてくれたのはあなた?」


 か細く震える声は、今もまだ恐怖が残っているからだろう。頷いたアシルにフルールは睨み付けるような、今にも噛み付いてきそうな表情を向ける。


「どうして、私だけが生かされるの?」

「は? ……どうしてって」


 一緒に死んだほうがよかったと言う者なら今まで何人もいた。竜人から助かったことを罪悪感のように感じ、死ねばよかったと泣き喚く者はいるが、『生かされている』と、責められたことは初めての事だった。


「答えて。私が生きていたら困るんじゃないの?」


 アシルが知る中に困る理由なんて思い当たらない。アシルが名も無い小さな村に派遣されたのは、竜人が現れたからだ。竜人を倒せと、竜人から村を守れと、命令されたからだ。他に理由なんてものはない。

 答えられず黙っているアシルからフルールは顔を背け、左手に嵌めている青い指輪を弄りだす。


「妹だと、思われて……」


 フルールの呟きをアシルは聞こえていないように黙ってやり過ごした。一介の修道士が家庭の、王家の問題に口出しを出来る立場はない。

 フルールの身柄は一時的に教会が保護することになった。問い合わせたビティス王国からの返答が遅く、返ってこないせいだ。


 竜人から運良く生き残った者を支援することは聖竜教会の役割だ。孤児を多く引き取り、孤児院を運営しているのもその一環の一つに過ぎない。

 その孤児院でアシルは育った。物心つく前から過ごしていた場所だ。自分が可哀想な子だといった認識もなく、親を亡くしたと孤児院に増える子供も、そういうものだと育ってきた。

 子供ながらに後方支援と戦場に連れていかれるのも、戦闘訓練があるのも、義務だといわれてしまえば仕方がないと受け入れていた。子供でも戦わなくては竜人なんて倒せないと、小さな正義感を鼓舞されていたからだろう。

 孤児院で触れあう大人は世話をしてくれる神官が殆どで、外を知らなかった。たまに、併設されている修道院に貴族の婦女子が入っても、孤児と触れ合おうとする者なんていない。彼らはそこを一時的に過ごす場と思っているからだ。


 修道士になってから初めてアシルは子供時代を過ごした教会に訪れた。任務がなければ近づくこともなかっただろう。子供時代を過ごし、慣れた廊下を歩くのは久し振りだ。

 楽しかったことも、悔しかったっことも、沢山の思い出がある場所。懐かしいと、郷愁にひたることもあるが、それ以上に苦しい思い出が占めていた。

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