第3話 竜の肉を喰うということは 03
こんな悲しい世界は壊れてしまえばいいのにと、思ったあの一瞬をリュカは思い出すことが減っていた。あの時から竜人が側に控えるようになり、ドラゴンの姿を見なくなった。ドラゴンが竜人なのだと知ったのはどのくらい時間が過ぎてからだろうか。
そのくらい気持ちに余裕がなかったこともあるが、一番の理由は側に『黒焔の獅子』がいたからだろう。
好き勝手に世界を壊そうと暴れるリュカの力を押さえていた。
「今、『黒焔の獅子』はどこにいるのだろう」
ふと過ぎった思いを口にしたリュカに竜人は頭を下げ、側から離れていった。
余計な事を口にしてしまったかもしれないと思っても、もう仕方がない。竜人たちはリュカの願いであればなんでも叶えようとする。
例えば、世界が壊れてしまえばいいというリュカの想いに応えるかのように各地で暴れていた。
どれ程の国と人がこの大陸から消えたのだろうか。まだ、リュカが魔法使いだった頃から半分以上、それ以上の国と人が消えたのではないだろうか。
「どうでもいいことを、どうして……ああ、けど」
空の上から見下ろす地上はリュカがまだ魔法使いだった頃となにも変わらない。リュカが憎しみに呑み込まれて数十年、もうじき百年になるだろうか。竜王として世界を壊そうとしても一向に壊れない。無意味に時間だけが過ぎていくようだった。
「早く壊れてしまわないかな」
空に浮かぶための力を解き、そのまま落下していく感覚に体を委ねる。
すぐ大地に届くような距離じゃない。頭から落ちていく感覚に悩みなんて小さなものと吹き飛んでいくようだ。
雲を突き抜け、青かった空は灰色に変わる。地上に近づくにつれて空気は澱んでいく。街が目に入り、落下速度を落とす。ゆっくりと体勢を整え、落ちていく中で、自分の中の嫌なものを、気持ちが悪い感情を吐き出すように、両の手のひらを街へ向けた。
金色の光が真っ直ぐに街へ降りていき、弾けるように広がる。光が消え、砂埃が周囲を被い、街を隠す。
金色の光に呼応するかのように竜人たちが集まってきた。
砂埃が落ち着き、姿を現した街は以前と違った。建物の大半が倒壊し、辛うじて立っている建物も今にも倒れそうだ。集まった竜人たちも次々と街の中へ入っていく。
ゆっくりと事を観察すかのようにリュカは街を見つめる。聞こえてくる悲鳴はいつ聞いても気分がいいものではない。気を晴らすために行ったはずの事で気分を害する。最近はずっとこの繰り返しだった。
地上に降りたリュカに目をくれることなく、竜人は好き好きに暴れていた。
辛うじて残っていた建造物を壊す。逃げる人を力に任せて襲う。身を寄せ合う者を1人ずつ殺していく。致命傷にならない大きな傷で痛めつけては笑う。
竜人たちは各々が享楽に酔うように楽しんでいた。
逃げ惑う1人の男がリュカにぶつかる。
「あッ……すまない。あんたもここから……」
謝罪を全て聞く間もなく、男は金色に包まれ砕け散った。
その様子を目にした人はなにが起こったのか理解ができない。どこからか、竜人の攻撃を受けたのかと思うも、金色の光に目を奪われてしまう。
――金色の光は全て竜王のもの。
傍から見ればリュカは以前の姿となにも変わらない。輝く金色の髪に青い瞳。竜人のように翼があるわけではないのだ。竜王だとすぐに気が付く人はいない。側で竜人が傅かない限りは。
「……竜王……?」
誰かの擦れた声もすぐに消えた。
リュカが手を出すまでもなく、竜人が始末をする。
「我が愛しき竜王。また本日も誠に荒れておいでですね」
リュカの気持ちを代弁するような挨拶に、リュカは金色の光を竜人に向けて放つ。
竜人は愉しそうにその光を躱した。
「……まだ片付かないのか」
「間もなく終わります」
竜人の言葉の通りに悲鳴は聞こえなくなっていた。最後にどこかで瓦礫が崩れる音が聞こえ、辺りが鎮まる。
自分の心はいつになれば鎮まるのだろうかと天を仰げば、灰色の雲が晴れ青い空がのぞく。地上から青い空を見上げるのは久し振りだ。
いつだったか『黒焔の獅子』が言った言葉が思い出される。
――今のままでは世界を壊してもなにも変わらない。
実感として今感じているものが、『黒焔の獅子』が言っていたことだろうか。
青い空に点在する雲が邪魔に思えた。
憎しみを糧にしていたのはいつの頃だったか。ずっと遠い昔の記憶の底にあった。リュカがリュカである前の封印の記憶。竜王と傅かれる前。金色のドラゴンが紛い物と揶揄されていた時代だ。
あの、空にある邪魔な雲のように残っている記憶。黒い女の影が言っていた『私たちの憎しみ』だ。
「そんなものよりも……」
沼に沈み込んでいくような気鬱な思いを振り払うようにリュカは空へ向かう。
昔からなにかあれば空へ向かう癖は変わらない。魔法使いだった頃、1人になれるのが、空だった。1人で煩わしい悪意から逃げる為に空に浮かんでいた。
流されるまま漂うように風に身を任せ、なにもかも放棄するように目を瞑る。
冷たく冷ややかな継母カロリーヌの顔が浮かぶ。あの冷たい視線はどうしたら柔らかくなるのだろうかと、悩んだ時があったなと鼻で笑う。
そんな子供の頃の悲しかった気持ちを、払拭するように空を突き抜けるように飛んだ。
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