空を仰ぐ

五大幹部の一翼が行方不明。

それも、自らの意志を持って姿をくらませたと思われる。


そんなしらせを聞いた時、驚きもしたが、どこか腑に落ちたような気分にもなった。

マフィアになる為に生まれてきたような男と形容されていたが、時折見せる表情の中には、それにそぐわないものも感じてはいた。


それと前後して、下級構成員の織田という男が死んだという報も受けた。

彼の幹部と懇意にしていることは知っていた。

ただ、人が一人死んだだけ。というわけでは、なかったのだろう。

あの凍り付くような笑みで死体を眺めることができる少年でも、そうはできない相手がいた。ということか…


彼もまた、のかもしれない。



「俺らの上は、だれになるんです?」

猫好きの部下が聞いてきた。

「わからん。…首領の指示によるだろう」

「そうですか…なんか、変わるんですかねぇ?」

「さぁな」

煙草に火をつける。白煙が、風になびく。


「そういえば、猫、どうしました?」

「お前が言った通り、仔猫はダメだった」

「…そうですか。…残念でしたね」

「母猫は、仔猫を連れてどこかに消えた」

「え?」

亡骸なきがらを咥えて、出ていったよ」

「…どこ、いっちゃったんでしょうね」

「さぁな」


猫を追うこともできたが、母猫の目を見たときに、それはすべきでないと悟った。


あれは、邪魔をするものを拒む目だった。



「死んだらかわいそう。ってのは、…死ぬのが怖い人間の、独りよがりなんですかね?」

「どうした?急に」

部下がばつの悪そうな目でこちらを見る。

「いや。…なんつーか。…人も動物も、死ぬのなんて、怖いに決まってるんじゃないっすかね?生きてたい。ってのが、本音ですよね」


煙を吐いてから、思い浮かんだ言葉を口にした。


「死の概念というのは、死者のためのものではなく、生き残された人間のためにできたものだ。…と言った人がいたな」

「生き残された?」

「死後のことなど、まだ生きている人間には計り知れぬ。生きている人間だからこそ、『未知なる死』に恐怖を覚える。その恐怖から少しでも自身を遠ざける術として考えられたのが、宗教などに代表される『死の概念』だ。…神の下に召される。なんて表現なら、死に対して優しいファンタジーも想像できるだろう?」

「はぁ…。」

「だが、現実は別だ。他者の死を目の当たりにしたとき、やがてそれが自身にもやってくるものだと、改めて実感する。二度と目を開かず、動かず、口もきかない、ただの屍となるさまを、見せつけられるのだからな」

「…」

「案外、その瞬間を迎えてしまえば、本人にとっての死など一瞬なのかもしれん。…生きとし生けるものすべてが、それを迎えるのが世のことわりなのだからな」


そこまで言って、煙草に口をつける。

「…答えには、なっていないな。すまない。ただの戯言だ」

年を取ると、思考がとりとめもなくなる。

自嘲していると、部下が言った。

「いえ。…多分、そうなんです。きっと。」






―――――




さよならをしてきた。

私のかわいい子。

もっと、ずっと一緒にいたかったけれど、そうはできなかったね。


ずっと呼んでいたのに、もう答えてはくれなくて。

外に連れて出しても、もう動いてはくれなかった。

啼いてもくれなかった。

この乳を求めて腹にすがりつくことすら。


なにかの拍子に、目を開けてくれるのではないかと、そう願ってもみた。

それはもう叶わないと、やっとわかった。


だからそっと、連れて帰ってきた。


どこに帰っていいのかわからなくて、結局、あの、煙の主の家に、戻ってきていた。



何度か呼んでみたら、ドアを開け、中に入れてくれた。



煙の主は、黙ってあの子を優しく洗ってくれた。

あの、ふわふわのタオルに包んでくれた。

弔いをしよう。と言ってくれた。


もう、この子は心配ない。



その夜は、煙の主によりそって、眠った。

また、明日がくる。


あの子のいない明日だけれど、

きっと、なんとかなるだろう。


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曇天の道 パスカル @pai-sen35

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