残された者
もう、手の施しようが…
獣医は、すまなそうにそう告げた。
母猫は、成猫であったことが幸いし、回復の兆しが見えてきた。
仔猫については、点滴を続けているものの、改善する見込みがない。
当初、母猫と仔猫のケージを分けていたのだが、両者ともに力ない声なのに泣き続けるので、仕方なく一緒にさせたのだそうだ。
薄暗く冷えた部屋に積まれたケージには、種々雑多な動物がそれぞれに看護されていた。その一角で、二匹が丸くなって眠る様子を見て、連れ帰る決心をする。
親子が入る移動用のケージを病院で用意してもらい、そこに入れる。
抵抗する力もない二匹は、おとなしくそこに収まった。
帰宅後、自宅にあったバスタオルを何枚か使い、簡単なベッドを作ってやる。
二匹を置いてやると、母猫が顔を上げ、こちらを少しの間眺めていた。
何をしてくれているのだ。
とでも言われているような気がした。
「…迷惑か?」
言葉などわかるはずのない猫に、そう問いかける。
「人を殺しておいて猫を助けるなんて、変な話ですよね」
そう言っていた部下は、あの惨状の始末を買って出てくれた。
部下が何を思って進言したのかなど、今は考えたくもない。
罪滅ぼし?
違う。
気まぐれか?
そうかもしれない。
ただ。二人きりにさせてやりたかった。
最後の時を、温かくやわらかな部屋で、迎えさせてやりたかった。
私の自己満足にすぎない。
猫の真意など、猫自身以外にわかるはずもない。
「…いいから、一緒にいてやれ。」
それだけ告げると、母猫はだまってまた、仔猫の
―――――
それが母猫の鳴き続ける声だと気がついて、一気に目が覚めた。
猫を眺めながら、自分も眠ってしまっていた。
バスタオルのベッドに近づくが、変わらず母猫が鳴いている。
仔猫の腹は、動いていなかった。
触ろうとしたが、母猫が威嚇の声を上げる。
引っかかれるのを承知で、仔猫を抱き上げた。
まだ暖かかったが、それはもう、息をしていないことは明白だった。
そっと、タオルに降ろしてやる。
「死んだよ」
母猫は、仔猫に呼び掛けるように鳴き続けている。
「…死んだんだよ」
母猫は、仔猫しか見ていなかった。
その声を、ただ、ずっと聞いていた。
―――――
「ここまでひでぇ死に様だと、なんかもう、人だったって思えねぇな」
誰かが、そうつぶやいた。
「黙れ。仕事をしろ」
掃除屋はほどなく来た。慣れた手つきで、その場を文字通り「きれいに」していく。
それを黙って眺めていた。
「これからどうするよ?」
「…あぁ?どういう意味だ」
「…意味って」
いや。今日はもう帰るか?って聞いたんだよ。と、仲間がそれを取りなす。
考えがまとまらない。帰る?…帰れねぇよ。気持ちの整理がつかねぇ。
「あんなことをさせずに済む方法は、なかったのか?」
掃除屋の方向に目を向けながら、誰に問うともなく言葉が出てきた。
「…百人長だ。一人や二人殺すぐらい、どうってこと…」
「あの人が、俺らに異能使ったのを他で見たことあんのかよ」
「…」
「いつだってあの人は、俺らの敵にしか異能を使わなかった。ポートマフィアを、俺らを守るために」
…そうか。
「薬で狂っちまった奴は、俺らの敵になってたってわけか」
この手を持って、制裁を科す。
「…敵になっちまった仲間を弔うのは、自分。って意味か?」
去り際の、百人長の横顔が、目に焼き付いている。
憤怒とも、悔いとも、憂いともとれない、
ただ一人、その責をすべて背負い込んだ、顔に刻まれた深いしわを。
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