修羅の道

助けてくれよ、

助けてくれ。

なぁ、


なぁ。持ってんだろ?

くれよ。アレよこせよ。

ちょっとでいいから、返してくれよ。

そしたらさぁ。ちゃんとまともになれるから。なぁ?

頼むよ。



椅子に縛り上げられた仲間が、そんな言葉をずっと吐き続けている。


かと思えば、厳重に縛ったはずの縄がほどけるほど暴れ出し、スポンジすら凶器にできるのではないかと思うほどの殺気で襲い掛かってくる。


俺を殺すつもりなんだろう。

いや、助けてくれ。


そうじゃない。お前らなんか殺してやる。



支離滅裂で、三秒経ったら違うことを言っている。

顔つきすら変わる。絶望的に泣き出したかと思えば、狂乱の笑みを浮かべ、疲れ切って魂が抜けてしまったのかと思えば、試すような目つきでこちらを眺めている。


半日どころか、一時間もたたないうちに、監視の人間たちが疲れ果てて交代する。

精神を削られていくのだ。


なんの医療的知識も持たない一介のマフィア構成員ごときが、どうにかできるものではないと、そこにいる全員が感じ始めていた。


「ご苦労」

静かに部屋に入ってきたのは、百人長、広津だった。


「おつかれさまです…」

「疲れているのはお前たちだろう?」

軽く周囲を見回した広津は、ねぎらうように言った。


「終わりにしよう」

「しかし…」


そこに、転がるようにして一人の黒服が来た。

広津の足元に額を擦り付け、声を張り上げる。


「どうか。どうかあいつの命だけは。命だけはどうかっ!」

広津の傍らに立つ部下が耳打ちする。

「同期だそうです。…よく、二人でつるんでました」


広津は、眼下に見える後頭部に向かって言葉を投げる。

「いつからだった?」

「…わかりません。でも、怪しいことをやってる気配はありました。最初にやめろと言ったのは、半年ほど前です」

「なぜその時に報告しなかった?」

「すぐにやめると。言われて。…煙草みたいなもんで、やめられると思って…組織の方針に反していることもわかってました。だから、…すみません。言わずになんとか、どうにかなるんじゃないかって」

思わず、深いため息が口から洩れる。

「お前が言えなかったのは、それだけではあるまい」

その後頭部が、瞬時に凍りついたのがわかる。


「…え?」

それを見下ろしながら、広津はつづけた。

「お前自身も、やっているだろう?」

問われた側は、何も答えることができなかった。


「薬の常習者が最初にやることは、それを知っている人間を抱き込むことだ。

 共犯者は裏切らない。裏切れない」


「まさか…。でも、こいつはまだまともで」

傍らの部下がうろたえる。

「残りの薬が切れれば、本性が出る。…顔を上げてみせろ。

 自分の末路に恐怖している、その顔をな」


額を床から離し、ゆっくりと立ち上がった彼は、最後にその顔を上げ、こう告げた。

「だって、金稼がなきゃさぁ。上にあがれねぇじゃんよ?」

青ざめたその顔で、冷えた汗を額ににじませ、彼は広津の胸ぐらにつかみかかった。


「俺たちみたいなさぁ、あんたたちみたいな異能なんか持ってねぇ俺たちはさぁ。使い捨てじゃねぇか。銃使って、他人撃ち殺して、他人から撃ち殺されかけて、仲間死んでも真っ当な葬式も出してやれねぇ。ただ黙って死体処理だよ。処理するんだぜ?なぁ。俺らはそんな真っ只中に放り出されてんだよ。そこから這い上がるためにはさぁ、力か、金しかねぇじゃんよ。力じゃあんたたちには到底及ばねぇ。金だよ。金だけしか俺たちに活路はねぇんだよ。だったら、一番上がりの良いもんに手ぇ出すぐらい、決まってんだろうがっ」


傍らの部下たちが彼につかみかかり、引き離そうとする。

しかし、広津から離れることはなく、彼の言葉はさらに強くなる。


「どうにか稼いだその足でさぁ、昨日も今日も明日も死と隣り合わせなんだよ。オレもあいつも、お前たちも、いつ死ぬかわかんねぇんだよ。さっきまで隣でバカ話してたやつが、次の瞬間に血ぃ流して目ぇ開けたまま死んでんだよ。信じらんねぇよ。そんなもんさぁ。クスリでもやって忘れちまいたくなるにきまってんだろうよ。忘れさせてくれる何かがあんなら、それにすがりたくもなるだろうよ!」


なぁっ!おいっ!なんとか言えよっ!


正面から怒号を受け終わると、広津はこう返した。


「ご高説は終わったか?」


次の瞬間、彼の身体が後方に吹き飛んだ。引き離そうとしていた部下たちと共に。

黙って彼に歩み寄った広津は、顔色一つ変えず、彼の身体をつかみ上げ、そこに異能を叩き込む。


骨の砕ける鈍い音、そして、絶命の叫びが鼓膜を削る。


広津の部下たちは皆、それをただ見ることしかできなかった。




静かになった後、広津はこちらを振り返ることなく、そのまま椅子に縛り上げられた男の下に行く。


「見ていたか?」

短く問いかける。

「はい」

力のない目で、広津を見上げてくる。

「友、だったのか?」

「はい。…一緒に組織に入りました。どうせワルやるなら、極めようぜって」

へへへ。と、よだれを垂らしながら答える。


「道連れが欲しかったのか?愚弄な」

髪の毛をつかみ上げ、男の顔をこちらに向けさせる。

そして、傍観する部下たちに向かって言い放つ。


「見ろ。クスリの末路だ。自らの身を亡ぼすのみならず、仲間を、組織を侵食する。自分がその元凶ともわからぬ汚泥おでいとなっても、なお周囲を疲弊させる」


それをさせたのは、我々か?

否。


「刮目せよ。我らがポートマフィアにおいて、麻薬商売も、それにまみれることも許さん。末は処刑だ。このようにな」


広津の異能が、縛り付けた椅子ごと男の身体を砕いていく。

男は上げる声すらも粉砕され、人の皮にその内容物が無造作に放り込まれたような、無残な姿と化した。


誰も、

呼吸すら忘れたように、

そこは静かになっていた。


「もう一度言う。

 己が精神を破滅させる薬に手を出すことは、金輪際、一切の例外なく、

 許すことはしない。

 百人長、この広津柳浪が、この手を持って、制裁を科す。

 繰り返す。一切の例外は、ない。

 肝に銘じろ」








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