落下物に注意せよ

第1話

 何事にも間違いというものは存在する。

 人間という生き物は古来より過ちを繰り返してきた愚かな生き物であり、我々の生活は過ちの歴史の上に成り立っていると言っても過言ではない。

 その過去の教訓を学んでも尚、間違いを繰り返すのが人間である。

 大事な点は間違いが起きたときに不貞腐れず、間違いをなくそうと改善に努めることにある。間違いというのは人が人である以上、必ず起こり得るものなのだ。

 原因を追究し、対策を講じる。我々はその努力を繰り返すことにより、昨日より今日、今日より明日と、時間と手間をかけてよりよい未来を築き上げていけるのだ。


 そうは言いつつも、それは人類の長い歴史を見ての意見であり、俺個人としては我慢ならない間違いなどいくらでもある。


 現状をもって具体例を挙げるとすれば…そうだな、戦争がなくならないというような甚大な規模ではなく、帰りのホームルームが遅れたというような些細なものでもない。

 わざわざ言うまでもないのは重ね重ね承知済だが、それでもあえて言うのであれば,それは天気予報の間違いだ。


 スマートフォンの画面では確かに晴れとなっている。しかし、現実には窓に大きい雨粒がぶつかり、時折窓枠をがたがたと揺らしている。なんだこりゃ、帰れないじゃないか。

 しかもこの天気予報、外すのは今日で三日目だ。

 天気予報が百発百中でないのは当然知っている。だが、こちらとて話半分で天気予報を見ているわけではない。当たらないのは仕方ないが、当たってくれなければ困るのだ。

 おとといは休日で、昨日は半年ほど前からずっとロッカーに放置していた折りたたみ傘を使って帰った。今朝も雲行きが怪しかったが、まさか三日連続で天気予報が外れるとは思わなんだ。二度あることは三度ある。肝に銘じておこう。


 これは余談なんだが、無線通信のチェックの際は雨だろうと雪だろうと必ず「本日は晴天なり」と言う決まりがあるそうだ。事実に反する口上は胸が痛まないのかね。


はなぶさ、帰らないの?」


 教室でひとり愁いを纏う俺に声をかけたのは千草ちぐさ 環だ。


「天気予報に騙されてな、傘がないから帰れないんだ。今日は希望的観測に従って、このまま雨が止むのを待とうかと思う」

「へぇ、そうなんだ。赤崎くんは?」

「あいつは上級生の女とどこかに消えた。新しいひがいしゃの誕生だな」

「その先輩、早く立ち直れるといいね」ハナから赤崎にフラれる前提で話すのもちと可哀想じゃないか。

「お前、部活は?」

「今日はテニスコート使えないし、校舎の中は文化部に加えて他の運動部でいっぱいだから休みになったんだ。だっ、だからね……」


 千草の次のセリフは予想できる。実は今朝の昇降口で千草がビニール傘を持参しているのを目撃したのだ。

 なんだかんだ面倒見のいい千草ならば、俺を傘の中に入れてやると言ってくれるに違いない。さっきの希望的観測がうんたらかんたらというのは単なる戯言だ。


 千草は一呼吸おいて続きの言葉を口にする。


「私も一緒に雨が止むのを待つね」


 何故そうなる。


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