終わりに

 放課後、俺と赤崎は帰宅すべく、校門前のゆるやかな下り坂を歩いていた。

 千草は部活動があるので教室で別れた。肯定の方から聞こえる甲高い声の一つは千草のものかもしれないな。


「それにしても見事な創作だったな。正直、感心した」

「お前があんな与太を真に受けるような人間じゃなくて心からよかったと思うよ」


 そう、あくまで昼休みのあれは可能性の話である。似合わない腕時計を付けていただけで不貞を疑われては馬淵もたまったものではないだろう。


「腕時計を利き手につけたのがただのうっかりで、つけ直すのが面倒で授業中そのままにしていたのであれば、俺の説は崩壊していた」

「ああ、いくら馬淵といえど人間だからな。そういう時があってもおかしくない」

「そういうこと、人間常時平静でいようたってそうは問屋が卸さないのさ」

「そういや、千草は大分真に受けていたように見えたが、あいつ、馬淵に直接問いただしたりしないだろうな」

「大丈夫だよ。千草は他所の家の事情に土足で上がり込むようなマネはしない。その辺の分別はついているやつだよ。第一、昨今の週刊誌で、よく芸能人の浮気が報じられては炎上しているが、本来そういうのはそいつの家庭の中で、当事者たちだけで完結すべき問題なんだ。外野がぎゃあぎゃあ言うのはなんというか見苦しい」

「ほおー?はなぶさ、お前週刊誌なんか読むのか。なんだか意外だな」


 赤崎が肩を揺らす。

 別に恥ずかしいことなどないのに、こいつに笑われると背中が痒くなってくる。


「妹がゴシップ好きでしょっちゅう買ってくるんだ。あるものは読んで仕方ないだろう」

「いやいや、お前普段から人には興味ありませんって面をしておきながら、裏では週刊誌のゴシップ記事を熟読してるって面白すぎるぜ」


 熟読はしていないが、言い返す気にならなくて俺は黙った。


「ああ、だから浮気が出てきたのか。なるほどな」

「うるさいぞ、いい加減にしろ」

「悪い悪い。しかし、いつもながら見事な腕前だった。やっぱりお前とつるんでいると退屈しなくていいな」

「そういう歯痒いセリフをよく臆面もなく言えるな」


 こいつの面の皮は特殊鋼でコーティングされているのか?


「明日が楽しみだな、じゃあな、英」


 赤崎はそう言うと脇道に走り去っていった。

 いつもならもう少し先の道で別れるというのに、やはり恥ずかしかったのだろうか。

 赤崎の小さくなっていく背中を眺めていると、一息の合間に空が暗くなった。気づけば周囲には帰宅する児童も主婦も誰もいない。

 路には俺一人が立っている。




後日、馬淵が学校を辞めて田舎の実家に帰ったことが校内で話題になったが、俺には関係ない。赤崎も千草も何も言ってこなかったので俺も素知らぬふりを貫き通した。

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