第4話

「馬淵が今日していた腕時計は多分これだ」


 赤崎はスマホの画面を差し出した。馬淵がしていたであろう腕時計が映し出されている。

 決して派手な色合いではないが、文字盤がわちゃわちゃしていて実用的ではなさそうだ。正直、洒落ているか否かはわからない。流行だと言われれば納得するし、センスがないと言われればそんな気もしないでもない。

 だが値段を見るにそこまで高価なものではないようで、頑張れば俺でも買える値段だった。


「よく見つけたな」

「厳つい腕時計で検索したら簡単に見つかった。それにこういうサイトはよく見るからな」


 そういうサイトをよく見るわりに赤崎は腕時計をしていないが。


「これ、馬淵が以前までつけていた腕時計とデザイン以外で何が違うんだ?」

「え?どうだろうな、性能面で見ても以前つけていた腕時計の方が優れていた筈だが……」

「でも、なんだかアンバランスに感じたんだよね……あっ、わかった!」


 千草が快哉を叫び出しそうな勢いで立ち上がると、騒がしかった教室が一瞬で静まり返った。皆が呆けた顔でこちらを見ている。

「ごめんなさいぃ……」と尻すぼみになる謝罪を述べて千草は席についた。


「で、何がわかった?」

「サイズだよ、サイズ。前の腕時計に比べたら文字盤が二回りは大きいよ」


 視線で赤崎に確認をとると、赤崎はしっかり頷いた。


「でもさ、性能もデザインも前の方が良いのに何で変えちゃったんだろうね。壊れちゃったのかな」

「その可能性は十二分に考えられるな。どうなんだ、赤崎よ」

「俺は専門家じゃないからはっきりとは言えないが、馬淵が以前していた腕時計は国産で確か60万はする優れものだった筈だ。壊れにくいのは間違いないが、絶対ではないだろうな」


 一教員が給料でそんなに高価な時計を買うには、月の生活をどれだけ切り詰めればいいのだろうか。裏でこっそりマグロ漁船に乗っていたって言う方がまだ信憑性があるぜ。


「はえぇ、それだけあればラケットが一生分買えるよ」


 お前は一生ソフトテニスを続けるつもりなのか。


「まぁ、壊れたないし紛失したという線は残しておこう。どうにも立ち行かなくなったらそういうことにすればいいさ」

「ということはやっぱり何か考えがあるんだな?」

「まぁ、確証はないがそれらしい案はある」

「ほほぉ、なら聞かせてもらおうか」


 赤崎が大仰にふんぞり返る。

 なんだか茶番を演じているような気分になるが、これもまた昼休みの間の時間つぶしと考えれば悪くない。


「腕時計が変わった理由だな……まぁ正直なところを言わせてもらうと故障も紛失もあり得ないと俺は思っている」

「えっ、そうなの?」

「まあな、お前ら、授業中に腕時計そのものより気になったことがあっただろう。俺は馬淵のことなんて少しも注視していなかったからお前らの証言だけが頼りなんだ」


 それ次第では折角考えた仮設も水の泡だ。さすがにもう一度考え直す体力と時間は残されていない。


「千草、お前、馬淵が何をしているところを見て腕時計に違和感を感じたんだ?」

「え?うーん……」


 首を傾げる千草を横に赤崎が「そうか」と呟いた。


「利き手か」

「利き手?……あっ」


 二人とも気づいたようだ。


「そう、お前らの記憶が正しければ馬淵はチョークを持つ手に腕時計をしていた筈だ。全員が全員そうではないだろうが、一般的に腕時計は利き手とは逆の手首につけるものだ。もし仮に馬淵が以前使用していた腕時計を故障あるいは紛失させていて、代わりの腕時計をつけていたならば何故利き手につけたんだ?不自然じゃないか」


「ねぇ」千草が言う。「先生に腕時計を利き手につける習慣が元からあったとは考えられない?」


「まぁ、普段使いならともかく授業中は頻繁にチョークを持って黒板にあれやこれや書くんだ。わざわざ腕がつらくなるようなことをするとは考えにくいし、何より60万もする腕時計にチョークの粉が付着するようなマネを以前からしていたとは考えにくい。これは推測でしかないがな」

「そうだね……確かにそうだ」

「よって馬淵は別の意図をもって腕時計を変えたと推測できる。そしてその別の意図とはあの腕時計を利き手につけることによって意味を為すものだったんだ」


 俺は単なる推理ゲームとして始めたに過ぎないが、二人はいつの間にか神妙な面持ちで俺の話を聞いているではないか。これは適当なことを話せばあとが怖そうだ。帰り道に気を付けるのは俺の方かもしれないな。


「別の意図ってなんだよ。第一、壊れたんでも失くしたんでもなけりゃ、前から使っていた60万の腕時計を利き手につければよかっただろうが。新しい、それもあんな若作りと思われるような腕時計をする必要はどこにあったんだ?」


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