第3話
「そういえば一時間目の
「一時間目?何かあったか」
「英語の時間だよな、あれは俺も笑った」赤羽も乗っかってきた。
俺の席は教室窓際最後方という超優良位置にある。前の席に赤崎、隣の席を千草がそれぞれ昼休みの間だけ使わせてもらっている。お前ら汚すんじゃないぜ。
「英、気づいてなかったの?英が馬淵先生にやらされたあの問題に出てくる構文、まだ教えられてない範囲だったんだよ」
「そうなのか?」
「気付いてなかったとはな」
「いや、まったく気づかなんだ。というとなんだ、俺は予習していることをクラスメイトにひけらかす嫌味な野郎になっていたのか」
「ああいや、そうじゃなくて、馬淵のやつがお前に意地悪したってこと」
…なるほどね。あの馬淵とかいう教師はまだ教えていない範囲の問題を俺にやらせて、クラスメイトの前で恥をかかせようとしたということか。温厚そうな見た目をして随分陰険じゃないか。
というかそれは俺が面白かったのではなくて、俺に恥をかかせようとして上手くいかなかった馬淵が面白かった話ではないのか。何故俺が笑いものになっている。
「でも授業中なのに時計ばかり見てた英も悪いんだからね。ノートすら開いてなかったじゃない。馬淵先生が意地悪したくなる気持ちもわかるよ」
「待て待て、何故俺が時計を眺めていたことを知っているんだ千草。お前は黒板寄りの席だろ。お前こそ授業そっちのけでクラスメイトを観察しているじゃないか」
「え?……う、うん、そうかも」
「お前の位置から俺の机の上の物がわかるくらいに熱心に視線を向けていたら、馬淵だって気がついていただろう。何故指されたのが俺だったんだ……」
「あわわ……」
「こら、千草をあんまりいじめてやるなよ。しかし英が授業をろくに聞かないやつだとは知っていたが、今日は時計を見ていたのかぁそうか、千草はよく英のことを見ているな。感心した」
「もうっ、赤崎くんまでからかわないでよ!」
おお、赤崎にはこんな優しい怒り方をするのか。俺には烈火の如く噛みついてくるくせに。千草といい馬淵といい不公平だ。
「そういえば今日の馬淵は変だったな」
ふと、そう言ったのは赤崎だった。
「変って?」
「いや、腕時計をしてたんだが」
腕時計…?
「腕時計ぐらい誰でもするだろう」
「違う。そうじゃなくて、なんというか…似合ってなかったんだ」
「腕時計に似合う似合わないがあるのか?たかが時計だろう」
「そんなんだからお前はモテないんだ。腕時計ひとつにしても色んなデザインがある。選択によってはファッションのアクセントにもなり得るし、逆に悪目立ちする場合もある」
「よくわからんな。馬淵の腕時計の何が不満だったんだ?」
「まぁ、その少しばかり派手だったな、とは思った」
ほぉ、だからどうしたというのだ。
「あ、私も同じこと思った」
千草が同意した。どうやら今一ピンと来ていないのは俺だけらしい。
「文字盤のデティールがやたらうるさくて、色も趣味が悪かった。うん、そうだ、先生が黒板に何か書く度にやたら目立ってたから私も覚えてる」
「だよな、千草。馬淵は顔も性格も不細工だが、身なりにはかなり気を遣う方だ。そのお陰とも言うべきか中年終盤にして若い嫁さんができたそうじゃないか」
本人がいないから好きなように言えばいいが、壁に耳あり障子に目ありという諺を俺は知っている。帰り道に襲われても俺は助けないからな。
「私、みーちゃんから聞いたんだけど、つい先週お子さんが産まれたそうよ。女の子だって」
「子どもが産まれるとファッションセンスも変わるんじゃないか?」
「仮にそうだとしてもダサい方向にはいかないだろ」
ちなみにみーちゃんというのは千草の高校からの友達でこいつの話に度々登場する女子だ。俺は一度も会ったことがないのに千草のせいで男の好みやら家族関係やら赤裸々な情報を知り得てしまっている。哀れ、みーちゃん。
「それにな、腕時計意外は何も変わってないんだよ。スーツも眼鏡も内履きもな。だからこそ余計に気持ち悪かったんだ」
「そう言われるとそうだねぇ。私も気になるかも」
「だろだろ!千草もそう思うよな。勘ぐっちまうよな。なぁ英、お前はどう思うんだ?」
二人の視線が俺に集中する。まぁ、思い当たるところがないわけでもない。それよりも、そんなにまじまじと見られると箸が動かしにくいではないか。
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