第2話

 授業が終わって昼休みになった。生徒各々が食事を求めて動き出す。

 この学校は県立のくせして購買部や食堂があるので、約半分のクラスメイトが昼休みになると教室から姿を消す。生徒教師で混みあっている食堂で食べる飯は果たして味がするのかねぇ。

 俺は人混みが苦手だし、何より移動するのが面倒なので自席で昼食を済ませるようにしている。とはいっても孤立を好んでいるわけではなく、ちゃんと一緒に昼飯を食べる人間はいる。そら、今にも来るぞ。


「おぉ、はなぶさ、今日もうまそうな弁当だな。こんな不健康を絵にしたような人間がまともに料理するってんだから、人間見た目で判断できないよなぁ」


 そう言って俺の前の席に座ったのはクラスメイトの赤崎 こんだ。

 こいつの外見を簡単に言うなら海が似合いそうな男。顔は日本人らしからぬ彫りの深い、目鼻立ちがはっきりとしている言わばイケメンで、体格もあつらえたかのようにしっかりしている。羨ましい限りだ。

 一方で性格は…お世辞にも良いとは言えない。さっぱりとした口調で意地の悪いことを平気で言うようなやつだ。それに女癖も悪く、一時期は欲望のままにとっかえひっかえを繰り返して数多の女子生徒を泣かせていた。そのくせ何故かクラスでは憎めないキャラとして歓迎されており、どうにも納得がいかない。


「赤崎よ、失礼な発言には目をつぶるとして、人を見た目で判断しちゃいけないという一般論には疑問を覚えるね」

「というと?」

「既知の間柄ならともかく初対面の相手と話す場合、俺らはまず相手の外見で人柄を探るだろう。鋭い顔つきならば怖い印象、柔和な笑顔なら優しい印象といった風にだ」

「なるほど、お前が前者で俺が後者だな。俺がインターホンを鳴らしたらドアを開けて貰えるだろうが、お前が鳴らしたら開けて貰えないどころか警察を呼ばれるだろうな」


 その通りかもしれないが、本当に失礼なやつだ。


「就活生は背広を着て、自身の演じる真面目で明るいキャラクターを会社に売り込む。そうしないと社会は就活生を受け入れてくれない。見た目で人を判断しちゃいけないと言っておきながら、見た目で人を判断する風潮が世に浸透しているのさ」

「乱暴な意見だけど、まぁ、そこは追求しないでおいてやる。飯を食うときに頭を使っているとうまいもんもわからなくなる。そういうわけで卵焼き、貰うぞ」

「あっ!」俺の弁当箱から卵焼きが攫われた!


「じゃあ私も貰いまーす」


 どう懲らしめてくれようか奸計を巡らしていると、もう一本腕が伸びてきて、本日二つ目の卵焼きが俺の弁当箱から姿を消した。


「んん、おいしい!充分な甘みにとろけるような舌触り……英、絶対将来はいいお母さんになれるよ」


 どうして俺が将来母にならなくてはいけないのかは置いといて、俺は卵焼き(自信作)を実にうまそうに咀嚼する女子をじっと睨んだ。


「午後の授業で腹が鳴ったらどう責任をとるつもりだ」

「えぇっ!?責任?……ええと、それなら責任をとって私のお母さんになってください」

「照れながらわけわからないことを言うな……」それだと俺が責任をとることになっているぞ。


 このノリの良さそうな、というかノリだけで生きていそうな女子は名を千草 たまきと言う。

 赤崎とは今年の春からつるむようになったが、千草とはかれこれ小学生の頃からの長い付き合いだ。お互いの思春期、反抗期を知っている大分痛々しい仲ではあるが、不思議と遠からず近からずの丁度いい関係を築いている。

 こいつも赤崎同様に綺麗な顔立ちをしており、その上誰にでも優しく接するものだからよく勘違い男子からの熱烈なアプローチを受けているらしい。本人は気にしている風でもないがどうだろうな。

 そんな恵まれた容姿を持ち、女子ソフトテニス部に所属していることから庭球小町などと一部の生徒から呼ばれている。奴らは小町衰老落魄説話というものを知らないのだろうか。知っていて尚当て擦りとして読んでいるのかもしれないな。


 何の因果か俺とこの両名とは共に昼飯を食い、他愛もない話をする程度の関係を築いている。友人と呼んでいいものか曖昧なところではあるが、その愚考さえ贅沢ってなもんだ。

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