3
それからずいぶん長い時間が経過したあと、ようやくサイモン・クリスティは、意識を取りもどし、「ここは……いったい……どこだ……」と、しゃがれた声でいった。
小柄な女は本を手にして、ベットのそばに腰をおろしていた。
その本の表紙を見ただけで、彼は自分が書いた本だと気づいたが、べつだん驚きはしなかったが、両腕と両脚はギプスで固定され、からだじゅうは鎖でぐるぐる巻きに縛られている状況に度肝を抜かれた。
「カリフォルニア州のエレファントレイクよ」彼女はその質問に答えていった。「あたしの名はナタリー・ボーデン」
「わたしは――」
「もちろん知ってるわよ」と彼女はいった。「ずいぶんと偉くなったものね」
「えっ」サイモンは目をぱちくりさせた。
「――あたしが誰だかわかる?」
「さあ、初対面ですよね」
「そういうと思ったわ――男って、なんて身勝手な生き物なのかしら!」とつぜんナタリーが金切り声をあげた、つぎの瞬間だった。
誰かが部屋のドアをノックする音がした。「保安官のジェームスです。失礼しますよ」
「ちょっと何よぉ!」
ジェームスは彼女の返事を無視して勝手に部屋にとびこんできた。
ああ、助かった……
サイモンに一筋の希望の光が差しこんだ。
「昨日、エレファントレイクの山頂であなたがつくったとみられる起爆装置が発見されました」ほんの一瞬だけサイモンと目が合った。「あなたをもろもろの罪の容疑で逮捕――」
すると銃声が轟きジェームスの顔面が爆発した。
銃口から白い煙が舞いあがる。
ナタリーは隠し持っていたライフルで彼の眉間を撃ち抜いた。
ジェームスは仰向けに倒れる。
即死だった。
サイモンは悲鳴をあげた。
「保安官って、なんて嗅覚の鋭い生き物なのかしら」ナタリーは皮肉たっぷりにいった。「まるで犬だわ。かならず事件現場にのこのことやってくる。でも、なんの役に立たず死んじゃったわね――これをなんというの、サイモン?」
ナタリーは銃口をサイモンの顔に向けた。
「犬死にだ」
「さすがベストセラー作家だけあるわね」ナタリーはにやりと笑った。「もう誰も助けにやってこないわよ」
「い、いったいなにが望みだ?」サイモンは震える声で訊いた。
「天井と壁をごらんなさいよ」
彼は彼女にいわれるままに従った。
すると、天井と壁全体には、
彼の幼少時代から現在に至るまでの無数の写真と新聞のゴシップ記事が貼りつけられていた……。
サイモンはぞっと背筋が凍りついた。
「あなたのことならなんでも知ってるわよ」ナタリーはいった。「あたしはあなたの愛読者でもあるの」
「それはありがたいが……」
「そういえば、あなた最近婚約したそうね。あたしというものがありながら」
「えっ」
「――あたしが誰だかわかる?」
「わからない」
「あたしはナタリーじゃないの――冥土の土産に教えてあげるわ。あたしの本名はミニー・ウィリアムズ――プリスクールの頃、あなたに振られた女よ」
サイモンははっとした顔になった。
そういえば昔、ミニーというブサイクで太っちょの女の子がいたっけ……
それがいまじゃ、まるで別人だ!
スタイルも顔立ちも妖精のように美しい。
「悪い色男さんにはお仕置きが必要ね」彼女は色気たっぷりな声で彼の耳元でそっと囁くと、手を伸ばして彼のパンツを下ろしはじめた。「あれで、男の象徴ともいえる、第三の足をちょんぎってやるわ!」
「よせっ、やめろォ!」
「そう叫んでいるわりには、もう勃起してるじゃない。うふふふ」
そういうとミニー・ウィリアムズは、薄暗い部屋でぐるぐる巻きにされた鉢金を手にとると、ゆっくりとした動作でそれを引っ張り、ピンピンと指で爪弾きはじめた。
ナタリー レックス・ジャック @suteibun
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