彼はサイモン・クリスティ。ホラーとミステリーの二種類の小説を書いてきた男。全米のベストセラー作家だ。サイモン・クリスティは長編小説を執筆する際に、人里離れたカリフォルニア州のスキー場の山小屋にやってくる。ジンクスだ。彼はなによりもジンクスを重んじる。

 彼はそこに一カ月滞在し、三〇万文字の長編を一本書きあげる。編集者にまったく迷惑をかけたことがない速筆作家だ。

「どうやってこんな長い長編小説が書けるんですか?」とマスコミに質問されると、彼は真顔でこう答える。「一語に一文字ずつ」マスコミ関係者は失笑を隠せないようだった。

「やっと完成した――」

 彼は古びたタイプライターの前で伸びをしたあと、安堵のため息をもらす。またもジンクスだ。サイモン・クリスティは自分にご褒美として世界最高級のブランデーをグラスにそそぎ、世界最高級の葉巻をくゆらす。紫煙が舞う――至福のひとときだ。そして、そのあとスキー場の頂上からスノーボードの上に立ち、雪山の急斜面を一気に滑り降りる。なんともいえない爽快感と達成感――そんな矢先の出来事だった。

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