ナタリー

レックス・ジャック

 それは一瞬の出来事だった。サイモン・クリスティはたった独りで、カリフォルニア州のスキー場でスノーボードに興じていた頃、とつぜん雪崩に襲われた。不慮の事故だ。氷点下三〇度を下回った怪物は、彼に悲鳴すらあげる間も与えず、からだじゅうをのみこんだ。

 朦朧とするなか、音だけがあった。

 猛吹雪が風を切り裂く音。

 スコップで雪を掘る音。


 数分後、小柄な女が雪の下に埋まったサイモン・クリスティを発見すると、彼の頬をバシバシ叩き、手際よく人工呼吸を繰りかえした。

「さあ呼吸するのよ!」女がわめき声をあげる。「呼吸をしなさいったら!」

「げほっ、おええっ」サイモン・クリスティは嘔吐のような声をもらした。

 ふたたび意識が遠のいていく前に女のつぶやく声が聞こえた。「よかったわ。あぶないところだった……」


 

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