第53話 ティドラの森 掃討(迎撃)戦⑤



 ◇冒険者side





 俺は一瞬サイセツさんの言葉を疑ったが、状況から冷静に考えてみれば、それが正しいことは理解できた。

 出現した魔法陣、そしてそこから現れた魔物……

 これは紛れもなく、サモナーの仕業である。



「相手がサモナーであれば、いきなりゴブリンやスケルトンが現れたことにも全て説明がつくな……」


「ああ……」



 しかし、カラクリがわかったからといって、状況が良くなったワケではない。

 むしろ絶望感が増したと言ってもいい。

 何せ、相手は魔族ということになるのだから……



「っ! なんで魔族なんかが出てくるのよ!?」


「……理由はわからない。ただ、予兆がなかったワケじゃない」


「予兆って、どういうことですかサイセツさん!?」



 そんな話は打ち合わせでは一切聞かされていない。

 何故、そんな重要なことを話してくれなかったのか。



「ギルドでも確証を得ていたワケじゃないんだ。そういう魔族がいる可能性があるという曖昧な報告があっただけだからね。しかも、その出現報告があったのはここではなく、別の場所だ。だからまさか、それがここで現れるとは誰も予想していなかったよ……」


「……それって、ギルドの怠慢ってことですか?」


「その可能性を考慮しなかったという点では、ね……」



 サイセツさんはそう言うが、恐らくギルド側としては、確証のない情報で悪戯に不安を煽っても仕方がないと判断したのだろう。

 正直少しでも可能性があれば報告が欲しかったところだが、今それを追求したところで意味はない。

 それよりも、如何にこの状況を切り抜けるかのほうが重要だ。



「話し合いは終わりか?」



 俺達の会話をわざわざ待ってくれていたのか、人狼がニヤニヤと笑いながら話しかけてくる。



「待ってくれていたのか? 随分と優しいんだな」


「俺達は好戦的だが、別に殺戮が好きってワケじゃない。他に遺言か何かあるのなら聞いてやってもいいぜ?」


「……死ぬつもりなど、ない!」


「ハハ! それでいい! そうこなくちゃな!」



 人狼が凄まじい速度で俺の背後に回る。

 同時に、鋭い蹴りが腹部目掛けて放たれた。



「グッ!」



 なんとか反応して盾で受けたものの、衝撃を殺しきれずたたらを踏んでしまう。

 人狼はそのまま盾を蹴り上げ防御を逸らし、懐に入って拳を叩きつけてくる。



「ガハァッ!!」



 鎧越しだというのに凄まじい衝撃。

 勢いのまま背後の木に叩きつけられ、胃の中のものを吐き出してしまう。



「おいおい、こんなもんか? そっちの暗殺者も一緒にかかって来いよ?」



 急に意識を向けられ、ヒースの体が強張る。

 今の俺との戦闘を見て、格の違いを理解したのだろう。



「ヒ、ヒース、駄目だ、逃げろ……。レベルが、違い過ぎる……」



 先程の攻防で感じ取ったのは、圧倒的なステータスの差だ。

 恐らく、この人狼のレベルは、優に100を超えている……



「おっと、逃げるのはなしだぜ? 最初から逃げる気満々の相手とやるのは萎えちまうからなぁ」


「……そっちの二人は任せる。私はこの神官を頂こう」



 っ!? まずい、今シンヤを狙われては、立て直しが……



「ハッ!」



 その時、シンヤとヴァンパイアの間に割り込むように、サイセツさんが斬り込んでくる。

 どうやら、後方の処理が間に合ったようだ。



「シンヤ君はヒムロ君の回復を、アスカ君とタマ君は援護を頼む」


「「「わ、わかりました!」」」



 サイセツさんが前衛に立ち、シンヤ達が俺のもとに集まってくる。



「<ヒール>!」



 シンヤの<ヒール>によりダメージが薄れていく。

 しかし、まだ手足に痺れが残っているようで、すぐに立ち上がることはできなかった。



「クッ……、アスカ、マサズミ達は?」



 俺がそう尋ねると、アスカは悲痛な顔をして首を横に振った。



「……さっきまで抵抗してたみたいだけど、急に静かになったの。だから、もう……」


「そんな……」



 信じたくはない。しかし、先程マサズミと戦っていたハズのケンタウロスが悠然とこちらに歩いてくる姿が見え、それが真実であることを理解してしまった。



「他も粗方片付いたみたいだし、あとはお前達だけだぜ?」



 人狼が言うように、周囲から聞こえてきていた喧騒が鳴りを潜めている。

 まさか、本当に他のパーティまで全滅してしまったというのか……?



「……人狼よ、提案があるんだが、聞き入れてはくれまいか?」


「あん?」


「私と一騎打ちをしてくれ」


「……面白いことを言い出すな? だが、それだけじゃないんだろ?」


「ああ。私と一騎打ちをしている最中は、他の者達に手を出さないで欲しい」


「ほぅ……。その言い方だと、終わったら手を出してもいいと聞こえるが、それでいいのか?」


「構わない。その代わり、私が死ぬまで、決して手を出さないと誓ってくれ」


「……大した自信だな。おもしれぇ」



 人狼は好戦的な顔つきで、本当に楽しそうに笑みを濃くする。



「おい、リウル殿、そんな話を聞いて良いのか?」


「構わねぇさ。レブルの旦那からは多少なら遊んでも構わないって言われてる」


「……全く。あとで怒られても知らないぞ。おい人間、お前の望み通り、この人狼は戦いが終わるまで手出しをしない。だが、私達は勝手に動かせてもらうぞ」


「それは……、いや、わかった」



 サイセツさんはヴァンパイアの言葉に頷いてから、こっちに向き直る。



「ヒムロ君、すまない。落としどころとしては、これが限界のようだ。私がこの人狼を止めている間に、君達はなんとかここを脱出してくれ」


「そんな! サイセツさん、俺達も戦います!」


「ダメだ。ここで全員が戦っても、恐らく勝ち目はない。少しでも生き残る道を選んでくれ」


「でも、それじゃあ、サイセツさんが……」


「私のことはいい。君達とは違い、もう老人に足を踏み入れているような年齢だ。ここで使い切ってしまうのが、正しい使い方というものだろう? ……さあ、行くんだ!」



 強い覚悟を感じさせる言葉がサイセツさんより放たれる。

 俺はそれでも食い下がろうとしたが、ヒース達に止められる。



「ヒムロ! サイセツさんの言うことを聞こうよ!」


「だが……!」


「ヒムロ! サイセツさんを無駄死にさせる気か!」


「っ!? ……わかった。サイセツさん! 俺達……、必ず生きて森を脱出します!」


「ああ。私の分まで、どうか生き残ってくれ」



 人狼をサイセツさんに任せ、俺達は森の外へ向かって駆けだす。

 その前にはヴァンパイアとケンタウロス、そしてゴブリン達が立ちはだかるが、俺達は持てる全ての力で、それにぶつかっていった……



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