第47話 娘を任せる条件
怒涛と言えるだろうグルガン将軍とのファーストコンタクトから一日が経った。
その間、ククリちゃんは一度も自分の部屋には戻らず、ここ数日と同様僕の部屋で過ごしている。
しかし、やはりいつものような元気は感じられない。
無理もないだろう。大好きな父親と喧嘩してしまったのだから。
「ククリちゃん、お父さん、今日前線に戻っちゃうみたいだし、挨拶に行かない?」
「……行かない。あんな親父、放っておけばいいんだよ」
ムスっとした表情でそっぽを向くククリちゃん。
そんな仕草も子供っぽくて可愛いのだが、今はそれを愛でている場合ではない。
「でも、またしばらく会えなくなっちゃうかもしれないんだよ?」
「…………」
ここで黙るのは、やはり本心では会いたいからに違いない。
やれやれ、どう説得したものかな……
「ねえ、前にお父さんが戻ってきた時は、どんなことをして過ごしたの?」
「……前に戻ってきた時は、一緒に組手したり、走ったりした。でも、途中で疲れて寝ちゃって……、気づいた時には、親父はもういなかった」
はしゃぎ疲れて、眠ってしまったってところか……
当時のククリちゃんは8歳以下。今のこの見た目や精神年齢を考えれば、恐らく人間で言う3歳児くらいだったのだろう。
そのくらいの年ごろの子供は、元気よく遊んでいたと思ったら、突然電池が切れたようにぐっすり眠るものだ。
ほとんど気絶するように眠りにつき、起きた時にはもうグルガン将軍はいなかったというのだから、さぞ寂しい思いをしただろう。
「だったら、なおさら今の時間を大切にした方が良いと思うよ」
「でも! 親父はレブルのことを殺すって言ったんだぞ!」
「うーん、そう言われても仕方ないことはしてると思うからなぁ……」
同衾に加え、お風呂まで一緒に入ってしまっているのだ。
決していやらしい意味は無いが、彼女の体の隅々まで見てしまったし、触ってしまっているので、親目線なら殺す! となってもおかしくはない気がする。
ただ、親としての義務を果たしていない人から文句を言われるのも、それはそれで釈然としない。
なんとも複雑な心境である。
「レブルを殺すなんて、絶対ダメだぞ! レブルは俺と一緒にご飯も食べてくれるし、一緒に風呂にも入ってくれるし、一緒に寝てもくれてる! 親父はそんなこと一度もしてくれなかったくせに、なんであんなことを言うんだ!」
いや、まさにそれが原因なんだけどね……
「お父さんだって、本当はしたかったんだと思うよ? でも、色々なしがらみだとか、プライドみたいなのがあって、できなかったんじゃないかな……。だから、それをしている僕のことを羨ましく思ったんだよ」
「……親父が、レブルのことを羨ましがっている?」
まあ、それ以前に純粋な怒りがこみあげてきているんだと思うけど、そういう理由を用意してあげた方がククリちゃんにとっては理解しやすいだろう。
「もしお父さんが、ククリちゃんの知らない所で別の子と遊んでいたりしたら、嫌でしょ?」
「親父はそんなことしないぞ! ……でも、もしそんなことしてたら、確かにイヤだな……」
「でしょ? だから、お父さんの気持ちもわかってあげられないかな?」
「……うん。わかった」
ククリちゃんは素直でいい子だ。
10年もの間放置されていたというのに、ちゃんと人の気持ちになれるっていうのは凄いことだと思う。
(もしかしたら、完全に放置されていたのではなく、それとなく誰かが面倒をみてくれていたのかもしれないな……)
魔王軍には良い人が多い。
グルガン将軍の娘ということで遠慮はあったかもしれないが、そういう人がいた可能性は十分にある。
「それじゃあ、お父さんに会いに行こうか」
「おう!」
僕は僕で、まだグルガン将軍とは話さなければいけないことがある。
その結果どんな反応をされるか心配ではあるが、今後のためにもしっかりと話をつけておく必要があるだろう。
……………………………………
…………………………
………………
上位住居区域に向かい、ククリちゃんの部屋をノックする。
反応は無いが、人の気配はする。どうしようか……
「親父!」
僕が悩んでいると、ククリちゃんがバンと強くドアを開け放つ。
「ククリか……」
ドアを開けてすぐのところに寝床があり、グルガン将軍はそこに肩を落として座っていた。
その姿はまるで、リストラされて公園のベンチに座っているサラリーマンのようである。
(昨日とはえらい違いだな……)
「なんだ、貴様も一緒か……。フン、俺など放っておけばよいものを……」
「そうはいきませんよ。昨日はちゃんとお話しもできませんでし、今日はしっかりとお話させて頂きます」
「……話すことなど、ない!」
「親父!」
グルガン将軍はそっぽを向くが、ククリちゃんの怒声にビクリとなって再びこちらを向く。
なんとも情けない姿だが、これも娘への愛ゆえの反応なのかもしれない。
「グルガン将軍、聞いて下さい。まず誤解を解いておきたいのですが、僕とククリちゃんは本当に
「そんなワケがなかろう……。ただの部下と上司が寝床を共にするなど、あり得ない話だ」
「それはおっしゃる通りなのですが、それにも事情があります。自分は上司として、部下に最適な環境で業務にあたってもらえるよう配慮する必要がありますが、彼女にはその環境がなかった」
僕の言葉に、グルガン将軍がピクリと反応する。
ようやく聞く耳を持ってくれたらしい。
「もう18歳とはいえ、ククリちゃんはまだ幼いです。幼少期の環境というのは成長する上でとても重要な要素ですが、彼女の置かれている環境はお世辞にも良いとは言えませんでした」
ククリちゃんの体や精神年齢は、年齢から考えるとかなり幼い。
これはギアッチョさんの話によると、龍人族の成長がレベルに比例するからということらしい。
彼女の語彙や知識と精神年齢に齟齬を感じることがあったのは、そういうことだったようだ。
でも、それはつまり、彼女は本当にまだ幼児だということにもなる。
「……だから、お前が面倒を見ていたと言いたいのか?」
「はい。僕は寂しい思いをしている彼女を放っておけませんでした。だから、可能な限り甘えて貰うようにしています」
「レ、レブル!? 何言って……、やめろよ! 恥ずかしいだろ!?」
僕の言葉が余程恥ずかしかったのか、ククリちゃんは顔を真っ赤にして僕に突撃してくる。
かなりの威力だったが、僕はそれをしっかり受け止めて背中をポンポンと叩く。
「ククリちゃん、子供が大人に甘えるのは当然のことだよ。恥ずかしがるようなことじゃない」
「お、俺は子供じゃないぞ!」
そう言いながらも、僕が頭を撫でるとだんだんと当たりが弱くなっていく。
子ども扱いすると怒るのに、子供のようにあやすと大人しくなるギャップがとても可愛い。
「グルガン将軍、どんな事情があったにせよ、この子を放置したあなたのことを、僕はどうしても良く思うことができません。ですが、その愛情自体は本物だと思っています」
昨日のグルガン将軍は、僕に対して本気で怒っていた。
指揮官である僕を殺せばどうなるかくらいわかっていただろうに、本気の殺意を向けたのである。
それは裏返せば、ククリちゃんへの愛情がそれ程強かったということでもある。
「だからこそお願いします。今後も僕に、彼女の面倒を見させてください」
「…………」
頭を下げる僕に、鋭い視線と沈黙が返ってくる。
そしてたっぷり10秒ほどの沈黙を挟んでから、グルガン将軍が口を開く。
「……俺がいない間、娘の面倒を見てくれるというのであれば、むしろ感謝するべきなのだろうな」
グルガン将軍は、そう言ってからゆっくりと立ち上がる。
「しかし父親としては、娘の安全こそが第一だ。お前にそれが守れるのか?」
「ククリちゃんの安全は保障します。決して危険な目には合わせません」
「……信用できんな」
……そりゃそうだよな。口だけでそんなこと言っても普通は信じられるハズがない。
しかし、だからといって何か証明できるものを出せるかというと、それも難しい。どうしたものか……
「だから、条件を出させて貰おう」
「条件、ですか?」
「ああ。……俺と召喚契約を結べ」
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