第46話 グルガン将軍



 朝、自然と目が覚めた僕は、最早日課となりつつあるワールドマップのチェックを行う。


 あれからも『ティドラの森』には偵察部隊のような冒険者達が派遣されていたが、一切手出しはしていない。

 Aランク以上の冒険者が現れたことは一度もなかったが、どの冒険者も熟練と思わしき者ばかりで、冒険者ギルドがそれなりに力を入れていることが伺えた。

 ちゃっかり薬草採取クエストもこなしているようなので、案外ソッチがメインなのかもしれないけど。



「ん~……、レブル~……はぐ」



 寝ぼけたククリちゃんが、僕の腕をはぐはぐと甘噛みしてくる。

 ここ数日一緒に寝ていて知ったが、ククリちゃんにはどうも噛み癖があるらしい。



(別に痛くないからいいけど……)



 むしろ痛みよりも、もっと重大な問題がある。

 この状況だ。


 初めて僕の部屋に泊まってから、ククリちゃんはまだ一度も自分の部屋に帰っていない。

 今まで余程寂しかったのか、日を増すごとに僕へのべったり度が上がっている気がする。

 ゴハンもお風呂も寝るときも一緒だし、仕事中も僕の部屋でゴロゴロしているので、本当に一日中彼女と一緒に過ごしていることになる。


 今さらながら、これって色々マズいよなとは思っている。

 彼女のことをしっかり育てるぞと誓いはしたものの、ここまでべったりなのは親でもあまりないんじゃないだろうか……

 子育ては、甘やかせばいいというものではない。

 そんなことはわかっているつもりだけど、しかしどうしても甘やかしてしまう……


 僕は親になったことなんてないから、色々と勝手がわからないというのはある。

 しかし、前世や前々世の子供時代、僕はここまで甘やかされた記憶がない。

 僕の親は、どうやってその辺の線引きをしていたのだろうか。

 ……たんに僕が、ククリちゃんのように可愛くなかったのか?



 ゴン! ゴン!



 そんなことを考えながら日次チェックをしていると、やけに大きな音のノックが聞こえる。

 こんなドアが壊れそうな音のノックは聞いたことがないので、初めてのお客さんなのかもしれない。



「はい。どなたでしょうか?」



 僕がドアを開くと、そこには僕の背丈より頭一つ分ほど大きな偉丈夫が立っていた。



「……どなたでしょうか?」


「……何故、娘が貴様のベッドで寝ている」


「え?」



 僕がそう声を出したと同時に、目の前の男の腕がブレる。

 優れた動体視力がその動きを捉えたが、反応することはできない。

 ただ、あ、死んだかな、と思った。


 そう思った瞬間、目の前に生成されて氷が、男の腕を遮る。



「もしやと思い追ってきましたが、案の定こうなっていましたか……」


「ギアッチョ殿、何故邪魔をする」


「グルガン殿が、私の話の途中で駆けて行かれたからですよ。グルガン殿は、恐らく誤解をしています」


「何が誤解だと言うのだ! 娘が無理やり配下にされ、手籠めにされているのだぞ!」


「ですから、無理やりではないのです。ククリさんをレブル様の配下に勧めたのは私ですし、魔王様も承認しています」


「なんだと!?」



 凄まじい怒気が放たれ、僕の前に生成された氷がピリピリと振動している。

 その氷越しだというのに、僕の体もプルプルと震えていた。



(この人が、ククリちゃんのお父さん……。グルガン将軍か……)



 鍛え抜かれた肉体に鋭い目つき、そしてあちこちに残る傷跡。

 まさに、歴戦の将と言える出で立ちである。

 ステータスを見ずともわかる。この人は、間違いなく今まで会ってきた魔物の中でもトップクラスの実力を持っている。



「俺への確認も取らず、勝手なことを!」


「ククリさんは魔王軍には未所属です。グルガン将軍の承認は必要ないハズですが」


「だとしても、俺に話を通すのが筋だろう!」



 ああ……、そういえばギアッチョさんて、そういう所が少し疎いのであった……

 以前僕にリウルさん達のことを紹介してくれた時も、上司へ話を通したりということを気にしてなかったし。



「その件については、大変失礼しました!」



 僕は膝に力を入れ、怒鳴られても踏ん張れるようにしてから頭を下げる。

 グルガン将軍の視線がこちらに向くのを確認してから頭を上げ、姿勢を正す。



「自己紹介させて頂きます。僕の名はレブル。魔王軍の指揮官兼、中立エリアの保守、及び監視業務を任されております」


「ふん! 話は聞いておるわ。そしてそんなことはどうでもいい! 問題なのは、貴様が俺の許可も取らず娘を配下に加え、その上で立場を利用して手籠めにしていることだ!」


「それは誤解です! 確かにグルガン将軍へ話を通すよう手配しなかったのは自分の不手際ですが、手籠めにするようなことは決してしていません!」


「ならば何故! 娘は貴様のベッドで寝ている!」


「それは……、彼女が望んだからです」



 僕は、どう言い繕うかを考えるものの、結局正直に話すことにした。



「なんだと!?」


「彼女は父親の貴方がいないことを寂しがっていました。人肌を恋しがっていたのでしょう。だから、僕を貴方の代わりとして見ていたんだと思います」


「貴様を、俺の代わりとして、だと……?」


「はい。彼女は本当に、貴方がいないことを寂しがっておりました」



 ここからは少し強気に出させてもらう。

 僕だって、グルガン将軍のククリちゃんに対する扱いについては不満を感じていたのだから。



「グルガン将軍、僕は正直、貴方のククリちゃんの扱いについて不満に思っています。彼女のことを気遣っているのであれば、何故もう少し帰ってきてあげられなかったのでしょうか」


「それは、軍務が忙しかったからに決まっているだろう!」


「ですが貴方は翼竜になれるのでしょう? 短時間であれば、小まめに戻ることは可能だったのではないでしょうか?」



 ドーナさんから通達が出されてから、まだ数日と経っていないハズだ。

 にも関わらずこの短期間で魔王城に戻ってきたということは、移動にそこまでの時間をかけていないということになる。

 そのくらいの距離であれば、様子を見に帰ってきたりくらいはできたのではないだろうか。



「それは……、しかし俺は軍の将だ! いくら家族の為とはいえ、何も理由がなく戻ることなどできん!」


「家族の為というのが理由にならないと? それでなくとも、連絡くらいはできたでしょう?」



 魔王軍には通信用のアーティファクトもあるため、連絡を取ることくらいは簡単にできる。

 業務以外の使用を禁止しているワケでもないので、いつでも連絡を取ることは可能だったハズだ。



「それは、そんなことの為に連絡を取ることなど……」


「ククリちゃんのことは、そんなこと・・・・・程度、ということですか」


「そ、そういう意味では……」



 僕は息を吸い込み、いっきにまくし立てる。



「グルガン将軍は、ククリちゃんのことを本当に大切に思っているのでしょうか? 僕には到底そうは思えません。何故10年以上も彼女のことを放置したのです? 普通の親なら、10年も子供を放置するなんてあり得ません。連絡すら寄こさなず、誰かに預けることすらしていない。彼女が10年間どれだけ寂しい思いをしていたか、理解できていますか? その上、一緒にいた時ですら一度もご飯を一緒に食べたことがないと聞いています。いくら魔物であっても、それは絶対におかしい」



 爬虫類として見れば十分あり得ると思うのだが、僕がこの魔王城で見てきた限り、ゴブリンやオークだって子育ての際、親が子供にご飯を与えていた。龍人族だけが違うとは到底思えない。



「それは……、色々と事情があったのだ!」


「事情……。一緒に食事を取れないのも、誰かに子育てを任せるのも、全てその事情とやらのせいでできなかったと?」


「ぐぬ……、言わせておけば貴様ぁ!!!! 人の家庭の事情に一々口出しをするでないわ!!!!」



 凄まじい怒気が僕に向けて放たれる。

 膝に力を入れて踏ん張っていたというのに、僕は怒気に気圧され尻餅をついてしまった。



「ん……、親父?」



 その凄まじい怒声のせいで、ぐっすりと眠っていたククリちゃんが目を覚ましてしまった。



「っ!? ククリ! 父が帰って来たぞ!」



 ククリちゃんが目覚めたのに気づき、グルガン将軍はさっきまでの形相が嘘のように笑顔を輝かせる。

 ククリちゃんはそんなグルガン将軍と僕を交互に見てから、表情を曇らせる。



「親父、なにをやってるんだ?」


「待っていろククリ! 今この男を葬って、お前を解放してやる!」


「っ!? やめろ!」



 その言葉に対し、ククリちゃんは血相を変えてベッドから飛び出し、グルガン将軍の前に立ちはだかる。



「ククリ! 何故そんな男を庇うような……」


「レブルは俺の上司だぞ! 親父でも手を出したら怒るぞ!」


「上司などと……、お前はまだ子供だろう!」


「子供じゃない! 俺はもう18歳だ!」


「それでも子供だ! 退けククリ、そいつを殺せば、全ての問題は解決するのだ!」


「いやだ! レブルは……、レブルは! 俺の大好きなヤツなんだぞ!」



 ククリちゃんがそう言った瞬間、何故かグルガン将軍が片膝をつく。



「大好きな、ヤツ……、だと……」


「そうだぞ! もし、それを傷つけるって言うなら……、親父なんか、大嫌いだ!!!!」



 そして次の言葉がとどめになったのか、グルガン将軍はバタリと倒れて動かなくなった。





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