第42話 冒険者狩り③
◇冒険者side
陣形を組み、なるべく速やかに移動を開始する。
程なくしてゴブリンの群れが見えてきたが、思った以上に数が多い気がする。
恐らく気配察知の範囲外に待機していたのだろうが、包囲の一方だけでこの数はと――どうやら相当な群れのようだ……
「カオリ、ここから矢で少しでも削ってくれ」
「わかった!」
カオリが矢をつがえ、射撃が開始される。
放たれたのは<風矢>というスキルで、射線が通ってなくてもある程度は障害物を避けて標的を狙ってくれる。
しかし――
「嘘!? 防御された!?」
本来なら頭に突き刺さっていたであろう矢が、当たる直前で腕によって防がれてしまう。
通常のゴブリンならアレで仕留められたのだろうが、どうやら統率によるバフ効果で反応速度まで上がっているらしい。
「ダメージは通っている! 気にせず打ち続けてくれ!」
「う、うん」
カオリは少なからずショックを受けていたようだが、すぐに立ち直って射撃を再開する。
それに合わせるように、ゴブリン達がこちらに向かって駆けだした。
「迎撃するぞ! 背後を取られないよう注意しろ!」
ゴブリンは横一線に駆けてくるが、幸い包囲するような動きはしてこなかった。
攻撃が前面に集中するのであれば、俺とスギだけでも捌くことは可能だ。
「スギ! 出し惜しみせずスキルを使っていくぞ! 回復薬も気にせず使え!」
「おう!」
本来であれば<薙ぎ払い>などの範囲攻撃を行いたいところだが、森であることが災いしてその手のスキルは迂闊に使用できない。
刺突系などの単体スキルで、確実に一匹ずつ処理していく。
「よし、強化されてるといっても、やはりゴブリンだ。俺達のスキルでも十分に通用するぞ!」
「だな! スキルを使えば一撃でやれる! この調子で数を減らすぞ!」
俺達のパーティは魔法使いがいない分範囲攻撃に難があるが、その分単体攻撃に関しては自信がある。
盗賊のタクであっても、この程度のゴブリンなら余裕で処理できるだろう。
(よし、この調子であれば……っ!?)
このままある程度数を削ってから正面突破を図ろう、そう考えた直後にゴブリン達の動きに変化が表れる。
「チィッ! こいつら、急に回り込んで……」
正面の俺達に攻撃を集中していたゴブリン達が、突如回り込む動きを見せ始めたのだ。
そして俺とスギだけなく、後ろにいる三人にも攻撃を加え始める。
(まさか、近くに統率者がいるのか!?)
通常のゴブリンが、状況に応じて戦い方を変化させるなど聞いたことがない。
それはつまり、統率者が近くにいて指示を出しているということを意味するが、そうであればもう時間はほとんど残されていない。
「スギ! タク! 作戦変更だ! 多少のダメージは無視して突破するぞ!」
「「っっ! ああ!」」
即座に陣形を組みかえ、タクが前に出てくる。
カオリも武器を弓から小剣に持ち替え、近寄ってくるゴブリンに備える。
「っ!? テル! 危ない!」
「っ!?」
カオリの声に反応したお陰か、視界の隅に飛来物を視認する。
俺は咄嗟に片手で頭を庇い、直後に鋭い痛みが手のひらに突き刺さる。
(クッ……、こっちにもアーチャーがいるのか……)
アーチャーを避けて北側に来たというのに、こっちにも配置されているとは……
いや……、その可能性は十分にあった。今更悔やんでも仕方ない。
「<ヒール>!」
空かさずアミから<ヒール>が飛んでくるが、矢を抜いていないので完治はしない。
この状況では矢を抜いている余裕などないため、このまま戦うしかなかった。
「アミ! 前方に<プロテクト>を展開! 済まないが後ろは自力でなんとかしてくれ!」
「わかりました!」
矢を気にしながら戦う余裕はない。
<プロテクト>頼りで、強引に押し切る!
周囲にはまだゴブリンが20体程いるが、正面さえ抜ければ速度で勝る俺達を追うことはできないハズ。
俺は<スラスト>で同時に3体以上のゴブリンを串刺しにし、<突進>をしかける。
(このまま一気に包囲を抜けて――)
「そうはいきませんねぇ!」
俺が正面の包囲網を抜いた瞬間、横合いから何か棒状のものが飛び出してき、横腹に突き入れられる。
「ぐ……っ!?」
その凄まじい威力に押し出され、俺は近くにあった大木に叩きつけられた。
「クックック……、今のは惜しかったですが、逃がしませんよ?」
声の主は、棍棒のようなモノをクルクルと回しながら俺に近付いてくる。
「テル!」
その間に割り込むようにスギが入ってくるが――
「邪魔です」
その一言とともに棍棒が薙ぎ払われ、スギは俺と同じように吹き飛び、木に頭部を打ち付けて意識を失う。
「スギ!? クっ……」
その姿を見てカオリが悲痛な声を上げるが、カオリ自身にも他に意識を取られている余裕はない。
ゴブリンはまだ、十数匹も残っているのだから。
「クック……、元気は良いようですが、実力の方は伴っていないようですねぇ?」
「……ゴブリン、リーダー、か?」
「ほう? 私のような小物のことを知っているとは、冒険者とは博識なのですねぇ?」
小物、だと……?
これで、小物なら、俺達は一体なんだと言うのだ……
「……リーダーすまない。<気配遮断>」
「ちょっ、タク!?」
ゴブリンリーダーの意識が俺に向けられた瞬間、タクが<気配遮断>を発動する。
一瞬タクが何を謝ったのかわからなかったが、駆けだしたのを見た瞬間、謝罪の意味を理解した。
タクは逃げる気なのだ、俺達を見捨てて……
でも、それは仕方のないことだとも思う。
この状況、何もしなければ全滅なのだ。
タクの行動は間違っていない。しかし、それでも……
「タク……、俺達を、見捨てるのか……!」
自然と怨嗟の声が漏れだしてしまっていた。
逃げろ、本当ならそう言いたかったハズなのに……
ただ、幸か不幸か、その声は恐らくタクには届いていないだろう。
タクは既に、この場を走り去った後なのだから。
……………………………………
…………………………
………………
ゴブリン達の包囲網を抜け、数百メートル程走ってきた。
もう流石に追いつかれることはないだろうが、念のためスキル<疾風駆け>は起動したままにする。
(もうリーダー達は死んでしまっただろうか……)
半年という短い間ではあったが、俺達の関係は悪いものではなかった。
いや、良かったと言ってもいいだろう。
アイツらは、新参者の俺を温かく迎え入れてくれた。
普通のパーティなら、新入りにはもう少し冷たいというか、温度差があるものなのだが、アイツらはそれを感じさせないほど、俺のことを同じ仲間として扱ってくれたのだ。
……だから俺だって、本当はこんなことをしたくはなかった。
しかしそれでも、俺は自分だけが生き残る道を選ぶしかなかった。
……きっと俺は、アイツらに恨まれただろう。
いや、アイツらなら、もしかしたら俺だけでも逃げ延びろと思ってくれたかもしれない。
それくらいリーダー達は、良い奴らだった。
そう思うと再び罪悪感がこみ上げてくるが、俺は意識してそれを振り切る。
合理的に考えるんだ。
あの場で最悪の結果だったのは全滅すること。
それを回避することこそが、最善の選択であった。
俺が生き残ることで、この森にゴブリンリーダーが出現したという情報をギルド伝えることができる。
そうすれば、今後俺達のような犠牲が出ることもなくなる。
俺は、正しいことをしたんだ。
(そうだ。俺は正しい――)
「おっと、止まってもらうぜ」
「っ!?」
俺の思考が、何か障害物にぶつかったことで中断される。
その障害物は、急に目の前に現れた。
「残念だが、逃がすワケにはいかねぇんだ。悪いな」
人の良さそうな態度でそう告げてくるのは、ギルドでBランクに指定されている危険なモンスタ――人狼であった。
「な、な、何故、人狼がこんなところに!」
「さあ? なんでだろうな? 俺にも不思議技術過ぎてわからないんだよ」
人狼はそう言いながら、弾き飛ばされた俺の方へとゆっくり歩いてくる。
「まあ、そんなことは別にどうでもいいだろ。それよりお前、今ピンチなんだぞ? もう少し緊張感持ってくれよな」
ピンチ……、そんなことはわかっている!
しかし状況に理解が追い付かない。
俺は何故、こんな状況に立たされているんだ!?
「仲間を見捨てて逃げて来たんだろう? そうまでして必死に生き足掻いたんだ。ここでも諦めず、全力で挑んでこいよ?」
人狼はそう言って獰猛そうな笑みを浮かべる。
俺はその瞬間、自分の命がここで尽きることを悟った。
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