第29話 戦闘訓練④
リウルさんは、昨晩上位住居区域で召喚契約を行った人狼だ。
彼は人狼としては若い個体だが、その実力はかなり高く、ククリちゃんのステータスを上回っている。
名前:リウル
レベル:166
種族 :獣人族
職業 :武闘家
HP :32000
MP :1800
STR:1200
AGI:1200
VIT:600
INT:350
DEX:800
LUK:800
スキル:殴打 LV15、突進 LV10、格闘術LV 15
バランスの良いステータスで攻撃力も高く、スキルも中々に育っている。
このステータスであれば、B級冒険者と真っ向勝負をしても問題なさそうだ。
特に、このAGIの高さは人間にとっては脅威と言える。
なにせ人間のAGIは、暗殺者のようなスピードに優れた職でも1000程度だったハズだ。
リウルさんに狙われて逃げ切れる人間は、冒険者の中にもほとんどいないだろう。
「おお!?」
「お嬢ちゃん、次は俺が相手になるぜ!?」
ストーンゴーレムの足を砕いたククリちゃんの前に、高速で近づいたリウルさんが拳を叩き込む。
ククリちゃんは咄嗟に両腕でガードをするが、威力に押されて体ごと吹っ飛ぶ。
「おおーーーーっ!」
吹っ飛んだククリちゃんには、どうやら大したダメージは入っていないようだ。
それどころか、どこか楽しそうな表情を浮かべている。
「お前、強いな!」
「そりゃどうも! お嬢ちゃんも今のをしっかり防いだし、中々センスあるぜ!」
着地したククリちゃんが、リウルさんに向かって<突進>をしかける。
リウルさんなら簡単に避けれるだろうが、彼は敢えて受け止める姿勢だ。
「おっ……と。いい威力だお嬢ちゃん! その年齢で大したもんだぜ。流石はグルガン将軍の娘ってところか!?」
「親父を知ってるのか!?」
「当たり前だろ! あの人を知らないヤツなんてこの魔王軍にいやしないぜ!
……すいません。知りませんでした。
いや、新人なんだし、仕方ないよね?
「おらよっ……と!」
ククリちゃんを受け止めたリウルさんは、そのまま彼女を後方上空へと放り投げる。
「わー!」
投げ飛ばされたククリちゃんは楽しそうだ。
「喜んでいる場合じゃないぞ! お嬢ちゃん!」
リウルさんが凄まじい速度の跳躍で、ふわりと浮かんだククリちゃんの上を取る。
「そら!」
「む!?」
浮かせた相手を地面に叩きつけるスキル、<拳墜>!
(ちょっとソレはやり過ぎなんじゃ!?)
しかし展開が速すぎて、止めるタイミングがなかった。
これでもし、ククリちゃんが怪我したらどうしよう……
「……今のはビックリしたぞ!」
そう思ったのも束の間、地面に叩きつけられて舞っていた土煙の向こうから、ククリちゃんの元気そうな声が聞こえる。
煙が晴れて徐々に姿を現したククリちゃんは、なんと龍化していた。
(あのタイミングで咄嗟に龍化を使ったのか……。凄い戦闘センスだ)
普通、あれ程の速度で地面に叩きつけられれば、ほとんど受け身や行動を取れないハズだ。
それをククリちゃんは、咄嗟に龍化を行ってしっかりと両足で着地している。
アレが龍人族の戦闘センスなのだとしたら、本当に恐ろしい種族だ……
「おお! それが龍化か! 増々楽しくなってきたなオイ!」
リウルさんはククリちゃんの姿を見て増々ヒートアップしている。
手加減はしていたようだが、あの様子じゃまだまだ過激になりそうだ。
しかし、ククリちゃんのステータスも龍化したことで上がっている。
具体的には、HPが30000から60000に、STRが500から1000に、VITが600から1200に、それぞれ倍化している。
このステータスであれば、リウルさんの攻撃だって十分凌げる数値だ。
それどころか、リウルさんのVITはそこまで高くない為、もしククリちゃんの攻撃が当たればタダでは済まないハズ。
「ぶぅーーーーー!」
龍化したククリちゃんがブレスを放つ。
先程人型の状態で放った時よりも、太くて高出力だ。
「っと」
しかし、速度で勝るリウルさんには当たらない。
リウルさんはそのまま炎を迂回するように駆けてから、ククリちゃんのわき腹に蹴りを放つ。
ククリちゃんは防御もせずにそれをまともに受けるが、同時にリウルさんの足を掴んでいた。
「捕まえたぞ!」
「そう上手くはいかねぇよっと!」
リウルさんは掴まれた足を軸に、もう片方の足で蹴りを放つ。
その蹴りがククリちゃんの手首に当たり、深い切り傷を刻んだ。
「うおおっ!?」
それにビックリしたのか、ククリちゃんはリウルさんの足を放してしまう。
解放されたリウルさんは、今度は先程の蹴り脚を地面に固定し、後ろ回し蹴りを放った。
後ろ回し蹴りは、体格差の関係でククリちゃんの胸の辺りに当たったが、そこには再び剣で切り裂かれたように傷が刻まれる。
「な、なんだこれ!?」
「<斬脚>っていうんだぜ! 素手だからって斬撃がないとは思わないこった!」
リウルさんの蹴りで、ククリちゃんの肌が少しずつ刻まれていく。
HPが倍増している関係でダメージの割合はそこまでではないようだが、見ていて痛ましい。
というか、あの傷って元の姿に戻ったらどうなるのだろう……
想像したら、何かスゴイ嫌な気持ちになった。
「リウルさん! 流石にソレはやり過ぎでは!?」
「あん? 大丈夫大丈夫! 龍化した状態じゃこんなの大したことないって!」
そうなのかもしれないが、見ているコッチとしてはハラハラして仕方がない。
正直、もう止めてもらいたいのだけど……
「レブル! ダイジョブだ! 全然痛くないぞ!」
ククリちゃんはそう言って強がるが、表情からは先程までの楽しそうな笑顔が消えていた。
代わりに、真剣な目でリウルさんの動きを追っている。
「おりゃー!」
リウルさんが再び後ろ回し蹴りを放った直後、その軸足を払うように尻尾で<薙ぎ払い>をしかける。
流石のリウルさんも、体重が乗っている軸足への攻撃は避けることができなかった。
「おう!? いいねぇ!」
しかし、払われた勢いに逆らわず片手で地面着地をして、さらに上段に蹴りを放つ。
その蹴り脚を、なんとククリちゃんは噛みつくことで防いだ。
「うお!? マジか!?」
ククリちゃんはそのままの状態でブレスを放とうとする。
このままではリウルさんの足は焼き焦げになるだろう。
「そうは行くか!」
リウルさんは片手で地面を打ち、その反動でもう片方の足を振り上げる。
その蹴り脚は青白く光っており、なんらかのスキルを発動したのだろう。
それが喉に突き刺さり、ククリちゃんは堪らず噛みついていた足を解放する。
しかし、ククリちゃんもただではやられなかった。
放とうとしたブレスを中断せず、体の浮いたリウルさんへと口を向ける。
「やば!?」
次の瞬間、リウルさんが炎に包まれる……と思ったが、
「きゅう……」
その炎は放たれることなく、ククリちゃんは元の姿に戻っていた。
そしてそのまま、力尽きたように地面に突っ伏してしまったのである。
「ク、ククリちゃん!?」
僕は慌てて駆け寄りククリちゃんの様子をみる。
どうやら大きな怪我はないようだが、ステータスを確認するとMPがほとんど空になっていた。
これが変身が解けた原因のようだ。
(MPが一定まで減ると変身が解けるのか……)
しかも、その反動なのか、ククリちゃんは完全に気を失っている。
やはり強力なスキルだだけあり、リスクは存在するようであった。
(なんにしても、これで戦闘が終わって良かった。これ以上は、ハラハラして見ていられなかったからね……)
僕はホッと胸を撫でおろし、砂埃だらけのククリちゃんの顔をタオルで拭いてやるのであった。
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