第126話



『くっ、やはり難しい。本人でないと解除は相当困難だな』



 映像には、額に汗をかきながら必死で契約魔法を解除しようとする少年の姿があった。その行動からはメイラを害そうとする意志はまったくなく、むしろ助け出そうという雰囲気しか感じられない。



『あと一つ……これを解除すれば』



 謁見の間にいる人間すべてが、固唾を呑んで結果を見守る。そこにある感情は、上手くいってほしいという少年を応援する気持ちただひとつであった。



『はあ、はあ、はあ、解除できたぁー』



 少年の言葉に、全員が安堵のため息を吐く。それだけ、少年の集中力が凄まじく、見ている人間にもその真剣さが伝わってくるほどであった。



 周囲がそんな雰囲気の中、さらに映像に変化が起こった。突如として、少年を襲う人間が現れたのだ。言わずもがな、ライラである。



 たった今、メイラを救ってくれたであろう少年に対し、不意打ちで襲い掛かるような真似をした彼女に非難の視線が向けられ、彼女も少し身を縮こまらせる。しかしながら、状況的に少年が不審者であることは明白であり、いかなる理由であろうとも王城に侵入したことに変わりはない。



 周りもそれが理解できているからこそ、彼女への非難めいた視線はすぐに霧散する。それも彼女への非難がなくなった理由だが、それ以上にライラの攻撃をいとも簡単に躱し続ける少年に注目が集まったのだ。



「【将軍姫】と呼ばれているライラ王女の攻撃を、ああも簡単にいなすとは」


「あの、小僧只者ではない」


「なかなかにやる。一度剣を交えてみたいものよ」



 少年の底知れぬ実力に驚愕する者もいれば、実際に手を合わせてみたいと獰猛な笑みを浮かべる者もおり、謁見の間の空気が再び変化を見せる。



 そして、最終的にライラの猛攻を退け、二人の戦いは少年の勝利に終わった。



 最後に映し出された少年の姿と言葉が、とても強くその場にいた者の心に印象的に残った。



『ああ、最後に一つだけ。これはこの国の王族に対しての言葉だ。“礼はいらん。もし本当に感謝の気持ちがあるのならば、もう二度と俺に関わるな。俺にとってそれが一番の褒美であり、あんたらが俺に提示できる唯一のものだ”。じゃあ、そういうことで、サラダバー……いや、さらばだ』



 そこで映像が途切れており、場が静寂に包まれる。だが、その空気を破るかのように、謁見の間に声が響き渡る。



「も、申し上げます!」


「何事だ」


「はっ、第二王女メイラ殿下がお目覚めになられました!!」



 報告してきた兵士の声が嫌に謁見の間に響く。この数か月の間、どれほどの手を尽くしても目覚めさせることのできなかったメイラが何事もなかったかのように目覚めたのだ。



 しかし、その場にいた全員が理解している。否、理解させられてしまっている。この状況を生み出したのが、間違いなく件の侵入者である少年だということを……。



「ご苦労であった。下がってよい」


「はっ」



 兵士を下がられると、ヨハネは玉座の背もたれにその身を預け、ため息を一つ吐く。自国にとって恩人である少年の処遇をどうしたものかと彼は悩んでいるのだ。



 王城に侵入したことについては、間違いなく犯罪であり、それだけ見れば処罰の対象となるのは確実だ。だが、その目的が何かを盗み出すなどではなく、眠れぬ姫となっていたメイラを救い出すものであり、実際に少年が彼女にかけられていた契約魔法を解除したことで目覚める結果となっている。



「皆の者、よく聞け。余は此度の少年については、罪に問うようなことはしないつもりだ。その裁定に異議がある者は、この場にて名乗り出よ!」



 王の言葉に、名乗り出る者は誰一人としておらず、この時点で少年の罪が帳消しにされたことになる。



「陛下、ではこの少年についてはいかがいたしますか? 少年の望むように二度と関わらないおつもりで?」



 王の意志を聞くべく、側に控えていた宰相が問い掛ける。その問いに、ヨハネは首を横に振って否定する。



「王族を救ってこのまま何もしないとなれば、それはこの国を担う人間としてはあってはならぬことだ。この少年を探し出し、何かしらの褒美を与えねばなるまい」



 これが秋雨の恐れていたことである。王族を救っておきながらなんのお咎めもなしというわけにはいかず、国王という立場上ヨハネは彼に何かしらの沙汰を下さねばならない。



 先ほど、王城に侵入したことについては罪に問うつもりはないと言及しているため、今回の場合は少年に対する褒美を与えるという意味での沙汰なのだが、残念ながらこの時点ですでに件の少年は王都を脱出していたのである。



「左様ですな。それがよろしいかと」


「では、急ぎ少年を探し出し、余の前に連れてくるのだ。ただし、連行ではなくあくまでも丁重にだ。よいな」



 こうして、一夜にして起きた一連の騒動はひとまずの決着を見た。だが、後日王都を捜索したものの肝心の少年が見つかることはなかったのである。



 そして、さらに嬉しいことに少年が王都から姿を消して数日経ったある日、ヨハネはキーシャから自身が懐妊したことを知らされる。



 それを聞いた彼はすぐに彼女の妊娠が少年の仕業であることに思い至り、この日王城に彼の叫びが響き渡った。



「早くあの少年を連れてくるのだ!!」



 メイラを救ってもらったばかりか、長年夫婦が抱えていた問題も解決してくれた少年に礼の一つも言わなければ気が済まないと彼は思った。



 だが、彼のそんな願いも虚しく、バルバド王国の王族たちが件の少年に会うことはついぞなかった。特に国王であるヨハネがその少年に礼を言いたいと強く願ったのは、出産したキーシャから生まれたのが息子であり、次世代を担う王太子が生まれたときであったことは言うまでもない。



 その後、この話はバルバド王国の歴史にまつわるおとぎ話として語られ、悪い魔法使いの手によって呪いをかけられ、眠り続けていた王女と子供が欲しいと願い続けた王妃が、突如として現れた妖精によって救われるお話として長きに渡りバルバド王国の子供たちに語り継がれることになるのだが、それはまた別のお話である。

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