第125話



「では、これより緊急招集による会議を始める」



 秋雨が王城に侵入してほぼ丸一日が経過する。突如として王族を含めた王城にいた人間すべてが深い眠りに就いていたことで、一時的に王城の機能が停止する事態に陥る。



 目が覚めた頃にはすでに外は朝を迎えており、城は大混乱となった。すぐに状況を把握するべく、国王を始めとする主要な人間たちは動き出し事態を収拾する。



 様々な人間から聞き取り調査を行ったのち、すぐさま王都にいた主要な貴族たちを招集させ、謁見の間にて緊急会議が開かれることとなった。



「まずは、状況を知らない者もいるため、昨日何が起こったのかについて説明する」



 国王ヨハネは、王妃とのあれこれは暈して昨日王城で起こった出来事を説明する。彼の説明を聞いて、王城の外にいた貴族たちは驚愕の表情を浮かべる。



 国で最も警備が厳重であるはずの王城に何者かが侵入し、それに誰も気づかずさらには賊を取り逃がしてしまうという失態を犯した。



「王よ、これは由々しき事態ですぞ!」


「王城に侵入されるばかりか、あまつさえ取り逃がしてしまうとは」


「これは責任問題ではないですかな」


(ふん、始まりおったか)



 ヨハネは、貴族たちの叱責に内心で悪態をつく。貴族の中には王家に付き従う者ばかりではなく、当然反意を持つ者も少なからずいる。そんな連中が徒党を組んで派閥を作り、王家に対して対抗する姿勢を見せているのだ。



 彼らにとって今回の一件は王家の、ひいては国王の権威を貶める絶好の機会であり、まるで水を得た魚のように国王や王城にいた者たちを非難する声が飛び交っていた。



「黙らんか! 今はそのような些末なことを言っている場合ではない!! ……陛下、ご無事で何よりでした」


「公爵か。そうだな、何とか命は取られずに済んだ。……それでだ。城に設置されていた魔道具の緊急装置が作動したことで、犯人の姿が映っておった」


「なんと」



 貴族の中でも最上位である公爵が一喝すると、途端に非難を浴びせていた貴族たちが黙りこくる。そんな公爵に内心で感謝をしつつ、ヨハネは話を進めていき、王城に仕掛けられていた魔道具について言及する。



 ちなみに、秋雨はこの魔道具の存在に気づいていない。理由としては、魔道具自体を隠蔽するために魔道具から発せられる魔力を極端に少なくする術式が組み込まれていたのだ。そのめ、秋雨も気づかなかったのである。



「さっそくだが、その映像を見ていこうと思う。準備を」


「はっ」



 そうして、魔道具の映像を確認するため、急遽放映会が始まった。最初に侵入者を捉えたのは、きょろきょろと視線を忙しなく移動させる田舎者丸出しの少年の姿であった。



「この少年が、侵入者ですか?」


「……そのようだな」


「父上、この者が例の少年です」


「例の?」



 会議には、秋雨と直接対峙したライラも参加しており、映像に映し出された少年について情報を伝える。



 あのあと、ライラがどうなったのかといえば、城にいた人間の中でも比較的早く目が覚めた彼女は、すぐにこの緊急事態を知らせるため、国王のもとへと向かった。



 その際、父と母のあられもない姿を見て、赤面する一幕があったが、二人が毎夜子作りのため励んでいることは彼女も知っていたのと緊急時であるため、王を揺さぶって起こしたのだ。



 叩き起こされた王はライラの報告を受け、すぐさま事態の収拾に動いた。国のトップという座にいる人間の手腕は伊達ではなく、瞬く間に事態を収め、今回の一件についての話し合いの場を設け、今に至るというわけだ。



「父上のもとに脅迫めいた手紙を送りつけてきたフォールレインという冒険者です」


「ああ、あの者が例の少年であったか」



 そう言いつつ、ヨハネは映し出された少年の姿を見る。そして、映像は王妃の部屋へと切り替わった。



 その瞬間貴族たちは騒ぎ出し、会議に出席している王妃キーシャが顔を赤くしていた。



 映像に映し出されたのは、彼女とヨハネが同じ寝所で同衾している姿であり、あまり人には見られたくはない姿であった。しかし、状況の把握のためには映像を見る必要があり、幸いにも王妃の肌はベッドの掛布団によってほとんど隠れていたため、このまま止めることなく映像を見る流れとなった。



 そんな状況の中、映像に映し出された少年が口を開く。



『もしかして、この男が国王か? 一緒のベッドで寝てるってことは……まあ、お励みになったってことだろうな。それにしても、情報では四十代だという話だったが、綺麗な王妃だな。二十代に見えるぞ』


「まあ」


「むっ」



 映像内の少年の言葉に王妃は機嫌を良くし、国王はむっとした表情になる。いくら少年といっても、自分の最愛の妻が他の男の言葉で喜んでいるのは、夫としては思うところがあるのだろう。



 それに、少年とはいえ間近で王妃の肌を見ている以上、彼にとっては度し難い存在であることに変わりはなかった。そんな少年がさらに独り言ちる。



『国王も実年齢と見た目年齢が合致してない。これなら、もう一人子供ができそうだな。……調べてみるか』


「ふっ、わかっておるではないか」



 少年の言葉にヨハネは気を良くする。特に、少年の口にした“もう一人子供ができそう”という言葉が彼の琴線に触れたようだ。



 そして、そんな彼や彼女にとって聞き捨てならない台詞が少年の口から発せられる。



『やはり、見た目が若いだけあって、まだ子供を作る機能は失われていない。もっとも、年齢による機能の劣化は否めないといったところか。であれば、一時的に高めてやればいい。【生殖能力向上(リプロダクション)】。よし、これで問題ない。王城に侵入した罪は、これでチャラにしてもらうとしよう』


「……」


「……」



 少年の言葉を聞いた瞬間、二人とも沈黙する。だが、両者の沈黙はそれぞれ意味が異なっていた。



 まず、国王の沈黙は少年の言葉が真実であるかどうかという疑念の沈黙であり、本当に王妃に子供を授かる能力が失われていないのかという思いからくるものであった。



 そして、王妃の沈黙は少年の言葉に驚愕する沈黙であり、自身にまだ子供を授かれる機能が残されていたことを素直に驚いたためである。



 だが、続けざまに少年が取った行動に二人だけではなく、それを見ていた全員が騒ぎ出す。そんな状況で止めとばかりに少年が衝撃的なことを口にした。



『って、俺は何をやってるんだ? 王妃に子供を身ごもらせるためにここに来たんじゃないぞ』


「キーシャ」


「わかっております。あとで調べてみます」



 本当にキーシャに子供ができているというのならば、早急に調べる必要があり、仮にこれで子供を授かっているというのならば、二人が長年願い続けた悲願が達成されることになるのだ。



 もし、そうなれば少年の口にした通り、王城に侵入した罪を帳消しにするなどお安い御用であり、むしろ更なる褒美すら与えてもいいとすら考えていた。



 だが、その考えを一旦保留にしたヨハネは、映像に映し出される少年に注視する。少年の口ぶりでは、自分や王妃が目的ではなく別の目的があるような口ぶりであったからだ。



「ここは、メイラの部屋。メイラ!」



 そして、少年が辿り着いた先は第二王女が眠るメイラの寝所であり、その瞬間王妃は悲鳴のような声を上げる。冷静さを失ったキーシャを国王がなんとか落ち着かせると、再び映像に目を向ける。



『この人が第二王女メイラか。どれどれ』



 部屋に入ると、メイラが眠っているベッドに近づき何かを調べている様子だった。なにか危害を加えるのではないかと不安に思っていたが、少年の言葉は意外なものであった。



『うーん、毒……ではないな。呪い……でもない。となってくると、また幻術か?』


「なんだと」



 少年の言葉に、ヨハネは驚愕する。確かに、メイラが昏睡状態になりすぐさま腕のいい医者と薬師に治療を依頼した。だが、彼女が目を覚ますことはなく、もしや呪いではないかと考えた彼は、呪いをかけられた可能性がある結論に至り、腕のいい神官に解呪も依頼していたのである。



 だが、少年はそのどれでもないことを瞬時に導き出し、また別の可能性を提示したのだ。だが、少年は即座に幻術の可能性を否定し、最終的な結論を出した。



『いや、こりゃあ幻術でもないな。とすると、契約魔法の類になってくるんだが、条件はなんだ? 時間経過かそれ以外の要因なのか……』


「契約魔法だと? そんな方法で、人を眠らせるなど聞いたことがない」



 契約魔法は、もともと商いでの取引や奴隷契約などを結ぶときに使用される魔法であり、眠らせるために使用するなどヨハネは聞いたことがなかった。



 いろいろと彼が困惑する中、さらに詳しく調べている少年がとんでもないことを口にし始める。



『こういう時、おとぎ話だったら王子様のキスとかで目覚めるんだけどな。……いっちょ試しにやってみるか?――」


「やめろ!!」



 静寂に包まれる謁見の間に国王の叫びが響き渡る。その叫びには殺気を含んでおり、そんなことをすればどうなるのかわかっているのかという雰囲気を纏っていた。



 幸いにも、彼の思いを感じ取ったのかはわからないが、少年が続きを口にする。



『いや、やめておこう。俺は王子様じゃねぇし、後でバレたら国王とかに殺されそうだ』


「よし! 賢明な判断だ」



 映像の向こうにいる少年に向かってヨハネは大きく頷く。それを見ていた他の者たちは彼の言動に若干引いており、「王よ、そこまでなのか」という感情を抱いていた。



 それから、少年があーでもないこーでもないと考える姿が映し出され、最終的に答えを導き出した。



『五十年の経過または体内魔鍵を解除のどちらかを満たせば彼女にかけられた契約魔法が解けるみたいだな。それにしても、五十年とかえげつないな』


「そ、そんな五十年だなんて」


「……」



 少年の言葉に、家族である王族たちは絶句する。それほどまでに、少年から出た言葉は衝撃的だったのだ。そして、彼が発した決意の言葉で場にいた全員の意識が彼に集中する。



『まあ、とにかくやってみるしかないな』



 その言葉の通り、少年はメイラの契約魔法をなんとかするため、行動を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る