第124話



「ん? これは、一体どういうこと?」



 世界には、大小さまざまな人々が住まうコミュニティが存在し、その中で最小ともいうべき組織である村一つを管理する者を人は村長と呼称する。



 では、そういった役職を持つ者の規模をどんどん拡大していくと何と呼ばれるようになるのかといえば、町一つを管理する者は町長、領地一つを管理する者は領主、国一つを管理する者は国王と呼称される。



 さて、本題だがそういったコミュニティの規模において責任者や管理する者の役職名を明言したが、世界一つを管理する者は何と呼ぶのだろうか?



 管理者……それは一般的には“神”と呼称される存在であり、人の枠組みから離れた特別な力を持った人ならざる者の総称である。



 そんな管理者の一人……否、一柱であるサファロデがあることをきっかけに世界の違和感に気づいた。



 それは、秋雨自身が感じていた違和感の正体を知るために彼女に問い掛けた際、その原因を探るべく、彼女はとあることを行った。



 何かといえば、すべての事象や想念などが記録されていると言われている【全世界情報記憶概念機構(アカシックレコード)】と呼ばれる場所にアクセスした際、彼女はそこで違和感を覚えた。



 どういった違和感だったかというと、世界の分岐点に関する違和感だ。



 順を追って説明すると、まず世界というものは星の数よりも多く無限に近い数ほど存在しており、秋雨がいた地球もそんな無限に近いほどに創造された世界の一つであった。



 さらに、世界というものはいくつもの枝分かれしたツリーのように事象が異なる世界線に分岐しており、例に挙げれば○○が存在する世界と存在しない世界という分類ができる。



 具体的には、秋雨の世界で第二次世界大戦という全世界を巻き込んだ戦争が過去にあった。だが、また別の世界線では第二次世界大戦が起きなかった世界というのも存在しているのだ。



 もちろんこれは、第二次世界大戦という一つの出来事から見た世界の存在定義であり、他の要素を加えれば、同じ世界でも微妙に異なった事象の世界線がほぼ無限に近い途方もない数存在している。



 それと同じ原理で、Aという人物が存在している世界とBという人物が存在している世界の二つが存在し、Aがいる世界にはBがおらず、またBがいる世界にはAはいないという定義の世界があったとする。その世界でいきなり存在しているはずのAという人物がいなくなり、代わりにBという人物が存在していたことになっているという事象は、世界の構造上あり得ないことなのだ。



 常識的に考えて、昨日までいたAがいなくなってその代わりにBがいたことになるなど、Aを知っている人間からすれば異常なことだと感じざるを得ない。



 そして、世界を構築する上でそういった理を捻じ曲げてしまうようなことが起きることはなく、もし実際にそれが起きているのだとしたら、可能性は一つである。



「あの子がいる世界のバルバド王国には、国王と王妃の間に生まれた子供はアリスという姫しかいなかったはず。なのに、いつの間にか三人のまったく別人の姫になっている。もしかしてだけど……誰かがアカシックレコードに介入して世界を改変した?」



 世界の事変において、通常ではあり得ないことが起きる原因というものは、外部的要因によるものが大きく、端的に言えば“誰かが世界の構築を弄って意図的に改竄した”ということである。



 本来サファロデが管理している世界において、バルバド王国には国王ヨハネと王妃キーシャの間に生まれた子供はアリスという姫ただ一人であり、王家の名も“バルバド”という家名ではなく、“ワンダーランド”という名前だった。



 だが、何者かの手によってそれが改竄され、本来アリスのみだったはずの子供がモイラ、メイラ、ライラの三人に増えおり、そのことに誰も気づいてすらいなかったのだ。



「一体何のために? それよりも、わたしの監視の目を掻い潜ってそんなことができる存在なんて、わたしと同格かそれ以上の格を持つ神くらいよ」



 サファロデにとって重要なことは世界の改竄についてではなく、なぜ世界を改竄する必要があったのかということであり、それを成した人物は誰かということだ。



 全世界情報記憶概念機構……アカシックレコードにアクセスすること自体は誰でもでき、できないと思っているのは、その方法を知らないだけの無知な人間だけだ。



 しかし、そこにある情報を改竄または編集という行為自体は一定の資格を持った存在でなければならず、それこそ世界を管理する神でなければ困難である。



 そして、アカシックレコードにあるデータを改竄したということを誰にも悟られずに行うなど至難の業であり、それこそ高次元の存在でなければ不可能に近い。



「最低でも高位の神格を持った神。あるいは、最高神クラスの神でなければ不可能ね」



 サファロデは、今回の一件についての犯人に当たりをつけていく。だが、仮に世界をそういう風に改竄したとして、そこにはどういった意図があるのか。



「もし、今回の犯人が善神によるものなのだとしたら……この改竄は“そうしなければならなかった”ってことになるわね。でも、今回関わっている神が邪神なら……」



 そう推測するサファロデの顔は、苦々しいものへと変貌している。彼女の言うように、今回の一件に邪神が関わっていた場合、そこに意図などはなく、あるのはそうした方が面白そうだからなどという明確な悪意のみだ。



 アカシックレコードの内容を改竄すれば、改竄したデータに関連するすべての事象に影響が生じ、本来起きなかったはずのことが起きたり、起きるはずであったことが起こらなかったりと世界における過去・現在・未来がめちゃくちゃになってしまうのだ。



「これは、わたし一人の手には余る問題だわ。評議会に報告した方がよさそうね」



 そう言って、厳しい表情を浮かべたままサファロデは今後のことについて考えを巡らせる。だが、そういったことをされると困ることになる人物というのはどこにでもいるようで……。



「こ、これは!? わたしの神域が凍結された」


「勝手なことをしてもらっては困るな」



 突如として、サファロデのいる神域が何者かの手によって掌握されてしまう。これではどこにも行くことはできず、実質的に自身の神域に閉じ込められたことになる。



「だ、誰よ! 姿を現しなさい!!」


「やれやれ、やかましい女だ。いいだろう。吾輩の姿を見て恐怖で打ち震えるがいい」


「あ、あなた。いえ、あなた様は……」



 そこに現れたのは、男の姿をした男神であった。纏っている雰囲気は尋常ではなく、圧倒的威圧を放っている。



 サファロデは瞬時にそれが自分よりも格上の存在であることを直感する。そして、それが正しかったことを彼が名乗ったことで改めて理解した。



「我が名は、ゴウニーヤコバーン。混沌より生まれし、覇を唱える者なり」


「さ、ささ、最高神……」



 神といっても、その存在はピンからキリまで格付けがなされており、神の格における頂点は最高神だ。例を挙げるなら、ギリシャ神話のゼウス、北欧神話のオーディン、エジプト神話の太陽神ラー、そして日本神話の天照大御神がそれに該当する。



 そして、伝え聞く神話には登場しない神も存在し、今サファロデの目の前にいるゴウニーヤコバーンもまた神話で伝えられていない最高神の一柱であった。



「悪いが、少し大人しくしていてもらおうか。最近はゼウスやオーディンのくそジジイどもがうるさくてな。吾輩の邪魔ばかりしてくる。まったく、煩わしい連中よ」


「あ、あなた様の目的は一体何なのですか!!」


「なーに、ほんの些細なことだ。あのくそジジイどもには煮え湯を飲まされ続けておるからの。ここで一発、意趣返しの一つでもしてやろうと思ってな」



 そう言いながら、ゴウニーヤコバーンは口端を吊り上げ、悪辣な笑いを浮かべる。その様相に畏怖するサファロデであったが、彼女には彼に問い詰めなければならないことがあった。



「アカシックレコードを書き換えたのはあなた様ですよね?」


「いかにも」


「一体何を考えておられるのですか! 【神々の黄昏(ラグナロク)】でも起こそうというのですか!?」


「……それもまた一興」



 サファロデの追及に、ゴウニーヤコバーンは恐ろしいことを口にする。あろうことか、ラグナロクを起こすと宣ったのだ。



 ラグナロク……神々の黄昏とも言われるそれは、神々やそれに近しい人外の存在たちが一堂に会し、壮絶な戦いを繰り広げる世界の終末とも言うべき大戦争である。



 かつて地球の歴史上で起こったそれによって、多くの神々や人ならざる者たちが犠牲となったが、彼はそれを再び起こそうとしている。



「そんなことが許されるはずありません!!」


「許す許さないの問題ではないのだ。起こるべくして起こる。それだけのこと」


「果たしてそうなるでしょうか?」


「……貴様、いつの間に吾輩の背後に」



 そこに割って入ったのは、和装に身を包んだ美しい女性であった。多少古風ないで立ちながらも、その美貌は神がかっており、まさに女神のそれである。



 最高神であるはずのゴウニーヤコバーンに気配すら悟らせず、背後から肩を掴むなどただの女性ができるはずがない。その正体は、彼が女性の名前を言ったことで判明する。



「天照大御神か」


「それくらいにしてもらましょうかヤコバーン。あなたの蛮行は少々目に余る。ゼウス神もオーディン神も此度はお怒りのご様子ですし」



 天照大御神……日本神話に登場する神の一柱であり、ゴウニーヤコバーンと同格の最高神でもある。



 日本の誕生に大きく関わったとされるイザナミノミコトとイザナギノミコトの娘であり、エジプト神話に登場するラーと同じく太陽神としても知られている。



「離せくそババア。吾輩に気安く触れる――ぐわぁ」


「おやおや、何か言いましたか? たかが数千年生きているだけの小童が……」


「い、痛いっ。吾輩の肩を握り潰そうとするでない!!」



 女性に年齢の話題を振るのはご法度であり、それは神でも変わらないらしい。天照大御神は、顔は穏やかな表情を浮かべながらも、背後では般若の如き威圧感で、彼の肩を握り潰そうとしていた。



 さすがの最高神の攻撃にたまりかねたゴウニーヤコバーンは、無理やり彼女を振り払う。そんな彼を無視して、天照大御神がサファロデに声を掛けた。



「サファロデ神、今回は災難でしたね」


「助けていただき感謝いたします。天照神」


「お気になさらず。わらわがもう少し早く来ていれば、この者の行いを未然に防ぐことができたはずですから。では、わらわはこの阿呆を評議会まで連行しなければならないので、これで失礼しますね。行きますよヤコバーン」


「ぐっ、離せ。吾輩はあのくそジジイどものいる評議会などには行かぬ!!」



 抵抗空しく、天照大御神によってゴウニーヤコバーンは連行されていく。後に残ったのは元の姿を取り戻した静かな神域のみであった。



 のちに、評議会へと連行されたゴウニーヤコバーンは、今回の罰としてとある世界の管理をすることとなる。それからしばらくして、その世界で起きた出来事を小説にしたものが彼自身の手によって、Web小説サイトに投稿されることになるのだが、それはまた別のお話である。

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