第123話



「あんたは」


「貴様、一体ここで何をしている?」



 突如として襲ってきた殺気の正体。それは秋雨も知っている相手であり、第三王女のライラであった。その手には剣が握られており、こちらを警戒するように睨みつけてくる。



 一体どうして彼女がここにいるのか不思議に思い、秋雨は素直に問い掛ける。



「なぜ、あんたがここにいる。城にいる者は全員眠ってもらったはずだが?」


「私には、状態異常に耐性がある国宝級の装飾品を持たされている。現場に出ることもあるから、睡眠の状態異常についても対策済みだ。で、私の問いに答えろ。なぜ貴様がここにいるのだ!?」


「そうか、それは迂闊だったな。残念だが、あんたの問いには答えてやれない。俺はもうここを出て行くのでな」


「逃がすか!」



 秋雨が逃走を図ろうとしていると見るや、すかさず逃がさないとばかりにライラが突撃してくる。剣舞のように華麗な攻撃を紙一重で躱しながら、秋雨は素直にその技術の高さを称賛する。



「素晴らしい剣術だ。動きに無駄がなく洗練されている。才能だけではここまでの剣技に辿り着けない。途方もない努力と研鑽の上で成り立っているものだな」


「当たらない……だと。馬鹿な、あり得ない」



 もうこの国で体裁を繕う必要がないため、いつもの秋雨の態度に戻っている。だが、そんなことも気にしないほどライラは動揺していた。



 彼が評価したとおり、彼女の剣はただ才能だけではなく日々の鍛錬によって培われたものであり、生半可なもので辿り着ける領域ではない。だというのに、その領域の剣が掠りもせず涼しい顔で躱す目の前の少年にライラはようやく彼が並の人間ではないことを認識する。



「貴様、やはり只者ではなかった」


「あんたら王族や権力者に目をつけられると厄介なんでな。猫を被っていたってわけだ」


「大人しく捕まれ! 今なら不法侵入だけで済む」


「その必要はない」


「なっ、ぐはっ」



 突如として目の前に現れた秋雨に驚愕する間もなく、腹に一撃を受ける。当然手加減されてはいるが、その重い一撃を受けてライラの体が宙に舞う。



 それでも、辛うじて上体を起こし秋雨を睨みつけるが、もはや立ち上がることはできず、彼女の顔が苦痛歪む。



「邪魔が入ったが、俺の目的は達成された。もうあんたとも会うことは二度とないだろう」


「ま、待て……」


「ああ、最後に一つだけ。これはこの国の王族に対しての言葉だ。“礼はいらん。もし本当に感謝の気持ちがあるのならば、もう二度と俺に関わるな。俺にとってそれが一番の褒美であり、あんたらが俺に提示できる唯一のものだ”。じゃあ、そういうことで、サラダバー……いや、さらばだ」



 最後の最後で締まらない挨拶をすると、秋雨はその場から歩いて逃走する。追いかけたいライラだが、彼から受けたダメージが思った以上に大きかったため、追いかけることはおろか立ち上がることもできず、ただ手を伸ばすことしかできなかった。



 次第に意識が朦朧としてき始め、最後にライラが見た光景は彼がスキップしながら現場を去って行く背中であった。その光景を最後に、彼女は意識を手放した。








 ライラから逃走した秋雨は、誰にも見られていないことを確認すると、転移魔法を使って宿へと帰還する。本当は、メイラを治療したあとすぐに転移魔法を使う予定であったが、ライラという予定外の人間が現れたため、彼が転移魔法を使えることを知られないようにするために彼女の前では使わないようにしていたのだ。



「よし、これでこの国ともおさらばだな」



 今までこの国でいろいろなことを経験した秋雨であったが、彼の自己評価としては存外に高評価を記録している。



 他者から見れば“一体どこがだ?”と突っ込みたくもなるだろうが、最終的に彼は最も面倒な厄介事を回避できている。



 それは、彼自身がそういったことに巻き込まれないよう行動した結果であり、そのことは他でもない本人が自覚している。



 つまりは、今まで最悪の事態にならなかったのは、自分自身のお陰であり、自分の選択肢が間違っていなかったという自信の表れなのだが、傍から見ればたまたま運が良かっただけであった。



 それでも、彼が選択したことでの結果であることに変わりはなく、そういった意味では彼自身のお陰と言えなくもないのだが、それは人それぞれどのような捉え方をするかによって変わってくるだろう。



「とりあえず、どこに行くべきか」



 それはそれとして、秋雨は次に足を向ける国のことを考えていた。できることなら、厄介事のない国が一番であるが、国とは得てして何かしらの厄介事を抱えているものである。そのため、彼のご希望に添える国がこの世界に存在するかと言われると甚だ疑問ではあるのだが、そんな中彼は一つの国の名を口にする。



「バルバド王国の南に【魔法国家マジカリーフ】っていう国があるって話だったな」



【魔法国家マジカリーフ】……バルバド王国から南に行った先にある国であり、名前の通り魔法技術の発展した国である。それに伴って、大陸随一とされる魔法学園がある国でもあり、毎年多くの入学希望者がその門戸を叩いて受験することでも有名だ。



「興味はある。肉弾戦だけじゃなく魔法もしっかり鍛えないといけないしな。うん、決めた。次の目的地は魔法国家マジカリーフだ」



 秋雨の当初の目的は自身を強くするための修行であり、その一環としてダンジョン攻略を行っていた。そして、その成果によって以前の秋雨では倒すことは不可能だったペンドリクスをいとも容易く打倒することができたのである。



 以前、彼が出会った女魔族の強さがどの程度なのか把握できていない以上、自分が最強の存在であると過信するのは早計である。だが、決して弱いとも思えないので、ここらへんで肉体的なレベルアップではなく魔法的なレベルアップをするべきであると彼は考えた。



「ただ、王都のダンジョンを攻略できなかったのは唯一の心残りだな」



 王都にやってきてからというもの、いろいろな出来事が起こったことによって、ダンジョンに費やす時間が削れてしまい、結局のところ三十階層にすら到達することなく秋雨は攻略を断念する形となってしまった。



 そのことが心残りではあったものの、だからといって今から攻略を再開する時間的余裕はなく、残念だが秋雨は諦める他なかった。



「ついに、物語は魔法国家マジカリーフ編に突入するのであった。勝った、第一部、完」



 などど宣いつつ宿を引き払った秋雨は、そのまま王都を出立し、未だ朝日の昇らぬ暗闇へと旅立って行った。

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