第122話



「さてと、もうそろそろいいかな」



 王城を見上げながらそんなことを口にするのは、当然秋雨であった。彼が取った第二王女メイラに会うための強硬手段とは一体なんだったのか。それは、城内にいるすべての人間を魔法で眠らせてしまうという方法だ。



 魔法で姿や気配を消して侵入したとしても、それを検知する魔道具の存在がある以上、その状況で潜入するのは見つかる可能性が高い。



 であるならば、仮に見つかってもいい状況に持って行けばいいだけの話であり、その手段として彼が思いついたのが先の方法であった。



 この方法であれば誰にも見つかることはなく、潜入の邪魔をしてくる人間もいないという一石二鳥な作戦なのだ。



 そして、そのためには城全体に影響を及ぼすだけの魔力が必要であり、逆を言えば必要なのはそれだけであるとも言える。まさに、思いついても実行不可能な非現実的な方法なのである。



 だが、王都全体は無理でも城全体を覆うほどの魔力であれば問題はなく、先ほど城を覆いつくすほどの魔力を展開し、範囲内のすべての人間を眠らせたのだ。



「あとは、第二王女がどこにいるかを探すだけだな」



 そう言って、秋雨は王城に足を踏み入れた。当然、それを見咎める人間は皆無であり、警備の兵士や騎士はおろか城で働く使用人たちも彼の侵入に気づかない。



 元々、警備以外の人間が眠りに就いている時間帯に決行しているため、そもそも起きている人間が極端に少ないのだ。だからこそ、国内で最も警備が厳重であるはずの王城に潜入できているとも言える。



 城内の回廊を進みつつ、王族が住んでいるだろう後宮へと進む。そこからは虱潰しが如く様相で部屋の一つ一つを見ていく。



「ここは、王妃の部屋っぽいな」



 ここで、好奇心が働いてしまった秋雨が、この国の王妃の顔を一目拝もうと天蓋付きのベッドへと近づく。しかし、そこには意外な人物がいた。



「もしかして、この男が国王か? 一緒のベッドで寝てるってことは……まあ、お励みになったってことだろうな。それにしても、情報では四十代だという話だったが、綺麗な王妃だな。二十代に見えるぞ」



 そこに眠っていたのは王妃だけではなく、国王もいた。二人とも顔立ちの整った美男美女であるため、すぐに二人が王妃と国王であることがわかった。一瞬王妃の浮気を疑ったが、すぐに鑑定を行い一緒に寝ている男が国王であると判明したため、秋雨は王妃の浮気している考えをなかったことにする。



 そして、王妃の姿を見た秋雨は、その見た目の美しさに舌を巻いた。市井で手に入れた情報から、王妃の大体の年齢は把握していた秋雨だが、まさかここまで見た目にギャップがあるとは思わなかったため、素直に驚いていた。



「国王も実年齢と見た目年齢が合致してない。これなら、もう一人子供ができそうだな。……調べてみるか」



 秋雨はそう言うと、王妃の体を調べ始める。国王が王妃にもう一人子供を望んでいるということは、情報として彼の耳に入っていた。だから、本当に彼女に子供ができないのか調べてみたのだ。



「やはり、見た目が若いだけあって、まだ子供を作る機能は失われていない。もっとも、年齢による機能の劣化は否めないといったところか。であれば、一時的に高めてやればいい。【生殖能力向上(リプロダクション)】。よし、これで問題ない。王城に侵入した罪は、これでチャラにしてもらうとしよう」



 秋雨は一時的に生殖機能を向上させる魔法を使う。そうすることで、彼女の子供を身ごもる確率を上げた。



「って、俺は何をやってるんだ? 王妃に子供を身ごもらせるためにここに来たんじゃないぞ」



 そう言いながら、本来の目的を思い出した秋雨は、王妃の部屋を後にする。そして、そのまま回廊を歩いていると、一際警備が厳重な一室に辿り着く。



 中に入ってみると、そこも王族が普段暮らすための居住スペースであり、天蓋付きのベッドには目的の人物がいた。



「この人が第二王女メイラか。どれどれ」



 そこには、高貴な雰囲気を持ちつつも、愛くるしい見た目をした妙齢の女性が眠っていた。鑑定ですぐに彼女がメイラであることを確認すると、秋雨はすぐに彼女の症状について調べ始める。



「うーん、毒……ではないな。呪い……でもない。となってくると、また幻術か?」



 眠りという症状を引き起こすものとしてあげられる候補は、毒・呪い・幻術・それ以外の四つに分類される。そして、毒と呪いの可能性は低い。



 理由としてはいくつかあるが、毒ならば医者や薬師で治せないはずはなく、呪いであれば解呪の魔法やそれに属する魔道具で治療が可能となる。



 先の二つが原因でないのなら、残る可能性としては幻術によるものか、それ以外の要因となる。



 ちなみに、それ以外の要因となる四つ目は幻術と幻術以外の魔法的要因をミックスさせた状態を作り出し、強制的に昏睡状態にしている場合などだ。



 具体的には、秋雨が絡んできた冒険者に対して使ったある特定の条件をクリアしない限りずっと眠った状態が維持される幻術だ。これは、厳密には眠っている間、幻術が発動しており、その幻術を解くための条件付けが魔法的要因となっている、



 であるからして、その条件を満たさないといつまで経っても眠り地獄が待ち受けているということである。



 もちろん、幻術をミックスさせなくとも、条件付けさせる魔法で“特定の時間が経過するまで眠り続ける”といった類のものもあるため、部類としては契約魔法に分類される。



「いや、こりゃあ幻術でもないな。とすると、契約魔法の類になってくるんだが、条件はなんだ? 時間経過かそれ以外の要因なのか……」



 さらに詳しく調べていくと、メイラにかけられた眠りをもたらす何かは幻術でもなく、種類としては契約魔法であることがわかった。



 契約魔法ということは、何か特定の条件が満たされるまで眠りという状態が継続するというものであり、目を覚ませるためのトリガーのようなものが存在していると推測される。



「こういう時、おとぎ話だったら王子様のキスとかで目覚めるんだけどな。……いっちょ試しにやってみるか? いや、やめておこう。俺は王子様じゃねぇし、後でバレたら国王とかに殺されそうだ」



 それから、あーでもないこーでもないといろいろと考えてみるものの、メイラを目覚めさせるための条件がわからず、秋雨は頭を悩ませることになる。



「【鑑定先生】知らない?」



 とうとう、スキルであるはずの鑑定にまで聞く始末であった。だが、サファロデからもらったすべてを見通す鑑定は伊達ではなかった。



「うん? 時間経過と体内魔鍵(インサイドマジックキー)の複合?」



 鑑定先生が教えてくれたのは、メイラを縛っている契約魔法の解除条件が時間経過と体内魔鍵と呼ばれるものであった。時間経過は特定の時間が経過するまでというわかりやすいものだが、問題は後者だ。



 体内魔鍵というのは、体の内部に契約魔法を使った術者の魔力を送り込み、魔力を送った術者によって条件を満たした判定にするというもののようだ。



「五十年の経過または体内魔鍵を解除のどちらかを満たせば彼女にかけられた契約魔法が解けるみたいだな。それにしても、五十年とかえげつないな」



 結局メイラにかけられた契約魔法を解除して眠りから覚ますためには、契約魔法がかけられてから五十年が経過するか、体内魔鍵を解除するかの二つしかないということだ。



 この条件でしか彼女を眠りから覚ますことができないのだとすれば、医者や薬師の治療でも、神官などが使う呪いを解く解呪でも彼女を救うことができなかったことにも頷ける。



「問題は、俺でも体内魔鍵を解除できるかどうかだな」



 秋雨のいた地球でも本人認証というものがあるように、この体内魔鍵においてもかけた本人でなければ解くことができない可能性が高い。



 もし、解くことができなければ隣国との戦争が回避できず、それに彼が巻き込まれてしまうことになってしまう。



「まったくもって面倒なことこの上ない。サファロデめ……いや、悪いのは戦争を起こした国か」



 一瞬だけこんな面倒なことを押し付けてきたサファロデに怨嗟の感情が浮かんだが、それはお門違いだと頭を振ってその感情を霧散させる。



 どちらかといえば、彼女はこれから起こる面倒事を親切にも教えてくれた側であり、しかも秋雨の違和感の正体を彼本人から聞いた上での助言であった。



 にもかかわらず、それに対して悪感情を持つのは逆恨みや逆切れの類以外の何物でもなく、むしろ教えてくれたことを感謝すべき相手である。



「まあ、とにかくやってみるしかないな」



 なにはともあれ、メイラを目覚めさせるには契約魔法を解除する必要があり、そのためには体内魔鍵を解除しなければならないというところまでははっきりしている。であるならば、。次の一手で秋雨がやるべきことは一つであり、彼はすぐさまそれを実行に移した。



「くっ、やはり難しい。本人でないと解除は相当困難だな」



 それは、まるで激ムズ難易度の知恵の輪やパズルと解いているかのような、難解な構造のものをいじっているような感覚を覚える。それほどまでに複雑な魔力構成となっていて、それこそかけた本人でなければ解くことは不可能と言われても素直に納得できるレベルであった。



 それでも一つ一つ慎重に編みあがった編み物の糸を解いていくかのように、緻密な構造をした魔力を紐解いていく。



 その難解さは尋常ではなく、秋雨の全神経を集中しなければならないほどであった。



「あと一つ……これを解除すれば」



 たった十分程度の時間であったが、秋雨にとってその時間は三時間にも四時間にも長く感じ、もしかすると二十四時間以上も作業していたのかと錯覚するほどであった。



 だが、いかなる作業も必ず終わりがくる。残すところあと一つの関門だけとなり、さらにもまして秋雨は集中する。そして、ついにすべての魔力の構成を取り払い、体内魔鍵を解除することに成功した。



「はあ、はあ、はあ、解除できたぁー」


「ん、んぅー」


「おっと、今起きてこられるのは困るな。また眠ることになってしまって悪いが、もうちょっとだけ眠っていてくれ。【眠りへの誘い(スリーピング)】」



 契約魔法を解除したことで、目を覚ます挙動を見せたメイラに、睡眠の魔法をかけてまだ眠っていてもらうことにした秋雨。これで時間が経てば、自然と目が覚めるだろう。



「よし、もうこの城に用はないな。あとはここからおさらばするだけ――っ!」



 目的を達成したため、城から脱出しようとしたところで急な殺気を感じ取り、そのまま横に回避する。殺気を放った正体に目を向けると、そこには意外な人物がいた。

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